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「放してよ」

 エメザレは身をよじった。弾みでかかっていた毛布がベッドから落ち、全てがあらわになった。明るいところでよく見ると、新しい痕が増えている。新しい痕は古い痕よりも赤っぽいらしい。昨日までのエスラールであれば、悲鳴をあげて立ち退いたかもしれないが、エメザレの身体を洗ったことで少々の耐性ができたようだ。エスラールは手を離さなかった。

「ほら、エメザレは身体を掴むと無意識に怖がるんだよ。なにかされそうで、それが嫌だから怖がってるんだろ? その身体の痕だって痛いんだろう? 昨日、君の身体を拭いたら、その痕に触るたびに痛そうにしてたよ。やめろよ。こんなことしてたらエメザレ、いつか死ぬよ。意識が戻らなくなって魂が抜けたままになるよ」

 そんな気がして仕方ない。そして魂がなくなって、空っぽになったエメザレを見るのが怖い。
 説教というよりも懇願に近い気持ちでエスラールは言った。

「放してって。僕はどれほど傷付いても絶対に自殺しないし、苦しみには負けない。僕にはあらゆる不幸に屈しない才能があるんだよ。僕はそれに意味を感じてしまうんだ。僕は苦しみの中でだけ、その才能を――生きてることを実感できる。そう、つまり僕は超ド級のマゾなの! それが理由だよ! もう放っといてよ!」

 エメザレは腕を掴むエスラールの手を引き剥がしたが、エスラールは再び、今度は両肩をがっちりと掴んだ。

「嫌だ。絶対放っておかない。やめるまでやめろって言い続けるぞ、俺は」
「いったい君は僕のなんなの? 恋人? 先生? 親?」
「友達だよ。友達に決まってんじゃん」

 とエスラールが言うと、エメザレはなぜか泣き出しそうな顔つきになり、隠すように顔を背けた。

「僕の前で友達なんて言葉、軽々しく使わないで。そんな嘘、つかなくていいよ。もう二度とつかないで。ものすごく傷付くから」

 嘘じゃないよ。
 とエスラールが言い出しかけた時、

「おはよう、エスラール! 心の友よ!」

 湿っぽい部屋の空気をいっきに乾かすように、唐突に元気一杯の声が響いた。

「ちゃんと起きてるかい? 一緒に顔洗いに行こ――」

 そこには満面の笑顔を浮かべたヴィゼルの姿があった。


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