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「起床――――――!!!」

 叫び声に近い怒鳴り声と共に、けたたましい鐘が鳴り響き、エスラールは安らかな夢の国から現実に引き戻された。一号寮には起床係が三人おり、彼らはハンドベルを激しく打ち鳴らしながら、全力疾走で一号寮の廊下を二周するのだ。それとほぼ同時に時象塔の鐘も鳴り出す。これで起きられないのは死んでる奴くらいだ、と言われるほどに凄まじいうるささで、密かに憧れている爽やかな朝のビジョンを年中無休でぶち壊してくる。

 エスラールは毛布を跳ね除けて重い身体を起こした。昨日の一件のせいか、ひどくだるい。これから長い一日と訓練が待っているのかと思うと、憂鬱を通り越して擦れた笑いがこみ上げてくる。

「ゲロくさー……」

 ふいに寝間着から酸っぱい刺激臭が漂ってきて、より一層嫌な現実を思い出した。昨日はとにかく疲れていたし、ゲロとか臭いとか、そんなことを気にしている余裕がなかった。にしても、寝間着くらい脱いで寝ればよかったような気がする。エスラールは今更ながら急いで寝間着を脱ぎ捨て、下着一丁になった。

 横を見るとエメザレは昨日寝かせた時と全く同じ体勢で、いまだにすやすやと眠り続けていた。あの凄惨たる起床の鐘の音で起きないとは、さすがに死者に近いだけはある。繊細そうな見た目からはちょっと信じがたい神経の太さだ。いや、もしかしたら本当に死んでしまっているのかもしれない。起こしても正気に返っておらず、また聞きたくもない言葉を連呼されるかもしれない。エスラールは怖くなった。

「エメザレ、朝だ。起きろよ」

 エスラールがベッドから身を乗り出して恐る恐るエメザレの肩を叩くと、エメザレは今までの熟睡っぷりが嘘のように、身体をびくつかせて飛び起きた。

「なんだよ。俺はなんもしないよ。おはよう」

「……おはよう。どうして僕、ベッドで寝てるの?」

 エメザレは目をしょぼしょぼさせながら額に手を当て、それから状況を確認するように辺りを何度か見回して、首をかしげた。もしかして今までは、あのまま床に放置されていたのだろうか。
 ともあれ、起きたエメザレがまともでよかった。エスラールは安堵して息をついた。

「俺が昨日、二号寮から持って帰ってきたから」

「……え。あ、ありがとう」

「やっぱ、昨日のこと覚えてないんだ?」

「うん。なんにも覚えてない。どうもあれって魂的に寝てる状態らしいんだよね。そっか、運んできてくれたんだね。ごめん。汚かったのにね。僕、変なこと言ってた? もしかして君に変なことしちゃった?」

 エメザレは自分が裸で毛布に包まっていることに気が付き、それから下着一丁のエスラールをまじまじと見つめて聞いてきた。


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