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 するとミレベンゼはエメザレに一言の断りもなく、唐突に桶の水を頭からぶっかけた。エメザレは水を飲み込んでしまったらしく、苦しそうに咳き込んで、口の中に溜まっていた白い液体を吐いた。

「おい! やめろよ!」

 と怒鳴ったがミレベンゼは無視して、先ほど床を掃除していたブラシで、まるで床と変わらないみたいにエメザレを乱雑に擦り始める。

「やめろって! そんな洗い方があるかよ。可哀想だろーが!」

 エスラールはミレベンゼからブラシを無理やり取り上げると、遠いところへ放り投げた。ブラシは渇いた音を立てて床に落ち、回転しながら闇の中に消えていった。

「これが俺の洗い方なんだよ。うるせーなーもう。こんな汚いの素手で触れるかよ! 俺だって、掃除したくて掃除してんじゃねぇよ。毎日だせ? 毎日。来る日も来る日も精子とゲロの掃除だぞ? 毎日俺は眠いんだよ」

「そんなんお前の事情だろうが! 洗うんだったらもっとちゃんと洗えよ!」

「あんた、偽善ぶって鬱陶しい奴だなー。そんな文句言うならあんたがやれよ!」

「わかったよ! 俺がやるから、桶貸せ!」

 エスラールが言うと、ミレベンゼは無言で桶を乱暴に差し出した。桶の中には四分の一ほどの水が残っていて、その上に小汚い雑巾が浮いている。
 エスラールは桶を受け取り、とりあえず足元に置くと、床に座り込んでエメザレを抱き上げた。

「エメザレ、身体洗うよ。触るからね」

「そんな断りいらねっての。どうせなんも覚えてないんだから。そいつ、そうなってる時、記憶ないらしいんだ。な、頭ヤバいだろ?」

 ミレベンゼは自分の頭を人差し指で突いて笑ったが、エスラールは言葉を聞き流して雑巾をしぼり、丁寧にエメザレの身体を拭き始めた。どこを触ればいいのか迷ってしまうほどに鬱血痕がひどい。優しく拭っているつもりなのに、痕の上に触れるとエメザレは小さく呻いた。考えてみれば鬱血痕は内出血の一種なのだ。痛みとしてはアザと変わらないくらいだったのだろう。

「この痕、痛いんだろう。エメザレ。毎日ずっと痛かったんだね。俺がこんな痕なんか治してやるよ」

「キモいこと言ってないで、しっかりケツの中まで洗えよ?」

「そんなとこまで洗うのかよ……」

「当たり前だろうが。そのままにしといたら衛生的によくないんだ。もしエメザレが性病にでもなってみろ。二号隊の主力が全滅だ」

「どうやって洗うんだよ」

「どうやってもくそもない。ただ指を突っ込んで中のやつ掻き出せばいいだけだよ」

 ミレベンゼは右の人差し指と中指を立てて、くいくいと何度か曲げて見せた。エスラールがぽかんとしていると、ミレベンゼはエメザレの足を広げてその前に座り込んだ。



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