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 全くもって寝付けない。同室の人間が変わるだけで、こうも寝付きが悪くなるとは予想外だった。寝付きはかなりいい方だと思っていたのだが、気のせいだったらしい。安らぎや癒しを無意識に感じながら、毎日素晴らしく爆睡できたのはヴィゼルのお陰だったんだな、と今更に気が付いて、エスラールはヴィゼルの破壊的で芸術的な寝相を恋しく思った。

 開け放たれた窓からは優しい月明かりが入り込み、エメザレの膨らみをそっと照らしている。

 エスラールは何度も寝返りをうって心地よい体勢を求めていたが、なかなか落ち着かない。というのも目をつむるとエメザレの穴だらけの上半身が浮かんでくるからだ。脳裏に鮮明に刻み込まれたおぞましい数の鬱血痕は、エスラールの眠気を遠ざけた。もう、ちょっとしたトラウマになりつつあった。

 しかも目を開ければ開けたでエメザレの背中がすぐ近くにある。二台のベッドの隙間はそこまで広くない。少し頑張れば触れてしまえる距離にあの身体があるのだ。
 エスラールは毛布を頭まで被って目を閉じた。エメザレを見たくなかった。

 あの痕はわざわざつけられたものだ。明らかに愛情表現ではない。愛撫目的で優しく吸ったくらいでは、あんな赤黒い汚い色にはならないはずだ。童貞でもそれくらいは想像できる。というか、むしろ童貞だけに想像力が猛々しく、そのイメージが勝手に脳内を駆け巡っていった。

 エメザレの顔の白い肌は誰にも踏まれたことのない雪のようだった。かつてエメザレの身体は、顔と同じ純潔の白さを持っていたはずだ。その純潔を切り裂いて、誰かがエメザレの肌をしつこく執拗に何度も噛むように傷つけて穴だらけにしてしまった。

 そんなことを考えると、エスラールの心臓の鼓動は高鳴った。性的な興奮も含まれていたが、どちらかというと嫌悪か恐怖に近い感情のためだ。

 エメザレ自体が恐かったり憎かったりするのではない。エスラールが嫌だったのはエメザレが持ってきたガルデンの闇だ。エスラールがいつも捨てるよう努力してきた廃棄物をエメザレが大量に持ってきたのだ。

 せっかく今まできれいに掃除していた部屋に、超満杯のゴミが持ち込まれたみたいで、エスラールは苦しかった。

 よく明朗だとか快活だとか楽天的だとか、そんなふうに言われるのだが、エスラール本人に言わせればそうではなく、全ては努力の賜物なのだった。それが楽天家の天与の才能なのさ、と言われればそうかもしれないわけだが、エスラールは良い事柄と悪い事柄を真っ二つにわけて、悪い事柄を一切合財葬ってしまうことができた。

 言葉で表せば簡単そうに聞こえる。でもそれがなかなか難しいのだ。悪い事柄というやつは忘れようとしてもしつこく粘っこく、まとわり付いてくるものだからだ。完全に捨て去るのは大変な作業だった。でもエスラールは根気強く何度も捨て続けた。

 その結果が今のエスラールの人物像を構成しているに過ぎなかった。

 とにかくエスラールは人生を、ガルデンの生活を楽しみたかったのだ。
 そのためには、エメザレが持ってきた絶大なるガルデンの闇を、適切に処理しないわけにはいかなかった。それに闇を無視できるほど、エスラールはまだ大人でもなかった。



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