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「なんでもない。とにかく僕はサロンに行きたくないんだよ……」

 エメザレは掴まれた手首を反対の手でさすって、そっぽを向いてしまった。

「ねぇ、エメザレ。悪く受け取らないでほしいんだけど」

 エスラールはエメザレの顔を覗き込んだ。

「あのね、エメザレ。俺は嘘をつくのが下手だし、どうせすぐにわかるだろうから今言っちゃうけどさ、俺はエメザレの傍について一号隊との仲を取り持つように頼まれたんだ。総隊長に。お前は友達多いからって。
エメザレはさ、もう一号隊の仲間なんだよ。これからずっとそうなんだ。俺はたぶん、ずっと君と同室のままだと思う。一号隊に転属になったのは不服かもしれないけど、ここが新しいエメザレの居場所なんだ。俺はエメザレと仲良くしたいし、一号隊とも仲良くやってもらいたいと思ってる。その気持ちは嘘じゃない。総隊長だってエメザレを歓迎するって言ってた。俺は噂なんか恐れたりしないよ。だから――」

「わかった。行くよ。そうしないとエスラールが困るんでしょう」

 エスラールの言葉を遮ってエメザレは言った。その顔には怒りか悲しみが表れているだろうと思ったのだが、意外にも穏やかな微笑みを湛えていた。そのくせ言い方は極めて無機質だ。

「だから、そういう意味じゃなくて……」

「いいよ。大丈夫。君にはできるだけ迷惑をかけたくないし。というか、僕が同室になった時点で迷惑だよね。ごめん」

 エメザレの言葉に、エスラールは口をつぐんでしまった。エメザレが悪いわけではないが、迷惑じゃないのかと聞かれると返答に困ってしまう。なにしろエスラールは、これまでヴィゼルと平和に楽しく同室生活を送ってきたのだ。迷惑なんかじゃないよ、と一言出てきてもいいようなものだが、エスラールは本心にないことを考え付くのに時間がかかる。

「じゃ、僕行くから」

 なんとかフォローの言葉が思いついた時には、エメザレはエスラールの前を早々にすり抜け、部屋を出て行ってしまっていた。

「ああああぁぁぁ! もうごめんってば! なんで一人で行くんだよ! 一緒に行こうって言ってんのに……もう、俺なんでこんなんなんだよ! ごめんってばっ!」

 エスラールは憐れにも泣きそうになりながら部屋を飛び出し、エメザレを追いかけるはめになった。



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