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 訓練は午後十時に終わり、以降は自由時間になる。就寝の時間は決められておらず、午前八時に起床できれば夜更かしをしてもとくに文句は言われなかった。訓練中は私語厳禁なので、訓練中に溜まった、溢れんばかりのおバカな私語は自由時間に発散されることになり、だいたい午後十時から十二時にかけて、一号寮は昼の静けさが嘘のように騒がしくなる。

「鼻、大丈夫だった?」

 一日の訓練が終了し、貴重な自由時間を向かえて、とりあえず二人で部屋に戻った途端、エメザレはそんなことを言った。

「大丈夫だよ。打撲だって。ほっとけば治る」

 エスラールはエメザレの心配を心持ち意外に思いながら、布の詰め込まれている鼻をさすってみせた。

「よかった」
「心配してくれてありがとう」

 と言ったが、エメザレは微笑みだけ返して、私物が詰め込まれた木箱を持ち上げ空のチェストの前に置いた。持ってきた荷物を整理するつもりらしい。
寮の部屋は簡素そのものだ。書き物をするための机に椅子が一脚と、手作りのような古びたチェストと、ベッドが二台しかない。だが、簡素といえども五百以上ある部屋の全てに、それだけの家具がついているのだから、贅沢といえば贅沢かもしれない。

 エスラールが幼少を過ごしたカイドノッテ大護院では、二人用程度の大きさのベッドに八人がぎゅうぎゅうに押し込められた状態で寝かされていた。身体を横たえることもできないので、膝を抱えて座ったまま寝ることもあったし、そんなひしめき合った状況下で誰かが寝小便でも垂れようものならベッドで寝ている全員に惨劇が降りかかる。そう考えれば、やはり一人で一台のベッドを使えるというのは幸せといえよう。

 エスラールの私物が入った木箱はベッドの脇に無造作に置かれているが、開けるのが面倒くさい。どうせ下着が幾枚かと紙とペンくらいしか入っていない。片付ける気分になれないので、エスラールはベッドに腰掛け、せっせとチェストに下着をしまっているエメザレの背中を見つめていた。

「ところでさ、君はなにやらかしたの? 殺人事件とどういう関係が?」

「それはこっちが聞きたいくらいだよ。ほとんどなんの接点もないのに、なんで僕が転属になるのか、その説明もない。殺人事件についても、ガルデン側からはなにも聞かされてないんだ」

 エメザレは振り向かず、下着の端と端を丁寧に合わせてたたんでいるが、きっと不満を述べたかったのだろう。エメザレはちょっと怒ったような声で答えた。
 エスラールの部屋移動も唐突だったが、エメザレの転属もそうだったらしい。ガルデンの不親切さには驚かされる。一号隊に殺人事件の説明がないのはあまり関係がないから、ということでまだなんとか納得できるが、事件が起こった二号隊にすら説明がないというのは不親切を越えて、もはや横暴の領域な気がする。

「俺も全く状況が飲み込めてないよ。総隊長に聞いても教えられるのはユドがサディーレを殺したことだけだって言うし、名前だけ聞いても誰かわかんないし。もし口止めとかされてないんだったらさ、エメザレの知ってること教えてくれない?」
「僕も事件の全体像はよくわからないけど」

 エメザレは下着をたたむのをやめて、エスラールと向き合うようにベッドに座った。二台のベッドの間隔は結構狭い。向き合って座ると、膝と膝が触れるか触れないかくらいの間隔しかない。エメザレはベッドに深く腰掛け、少し前かがみになって話しはじめた。



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