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 どんなに混濁していてもわかる。エスラールが来られるはずがない。助けに来てくれるはずがない。ここにはエスラールはいない。エスラールは来ない。エメザレの瞳からたくさんの涙がこぼれた。

「エメザレ、戻っておいで」

 けれども確かにエメザレには聞こえた。いつもの明るい声でなくて、心配して今にも泣きそうな声だった。エメザレはあの優しい制服の香りをもう一度嗅ぎたいと思った。

 エメザレは自分の身体を掻き抱く男の頭を撫でた。男はびくりとして繋がったまま動きを止める。
 これまで数えるのも面倒なほどに犯された。だが不思議なことに、最後の最後の感じるのは、いつも憎しみではなかった。残るものは決まって、諦めに似た同情だった。

 生きているひとは、そのひとなりに一生懸命生きている。きっと、この男もそうやって必死に生きてきた。その結果として人格が破綻してしまったとしても、間違ったことをし続けるのだとしても、自分を破壊するのだとしても、そんな風に生きてきた、強くて可哀想なひとを完全に恨みきることは――昔、シマを結局殺せなかったように、エメザレにはどうしてもできなかった。

「……ユド、を……助け、て」

 エメザレは男の耳に唇を沿わせて囁いた。男が、あの悲しい夜のような眼差しでエメザレを見る。
 この男は怪物なんかじゃない。シマもサイシャーンも怪物ではない。精一杯、生きてきただけだ。苦しみ乗り越え続けてきた偉大なる影を慈しむように、エメザレは男の顔を見返して微笑んだ。

「すごい子だね……。驚いた」

 男は息を吐くように、そっと呟いた。

「わかった。いい子だ。約束する。ユドを助けてあげる」

 男に強く強く抱きしめられ、その言葉を確かに聞き届けた時、エメザレの意識は真っ白に塗りつぶされた。



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