13/13 どんなに混濁していてもわかる。エスラールが来られるはずがない。助けに来てくれるはずがない。ここにはエスラールはいない。エスラールは来ない。エメザレの瞳からたくさんの涙がこぼれた。 「エメザレ、戻っておいで」 けれども確かにエメザレには聞こえた。いつもの明るい声でなくて、心配して今にも泣きそうな声だった。エメザレはあの優しい制服の香りをもう一度嗅ぎたいと思った。 エメザレは自分の身体を掻き抱く男の頭を撫でた。男はびくりとして繋がったまま動きを止める。 これまで数えるのも面倒なほどに犯された。だが不思議なことに、最後の最後の感じるのは、いつも憎しみではなかった。残るものは決まって、諦めに似た同情だった。 生きているひとは、そのひとなりに一生懸命生きている。きっと、この男もそうやって必死に生きてきた。その結果として人格が破綻してしまったとしても、間違ったことをし続けるのだとしても、自分を破壊するのだとしても、そんな風に生きてきた、強くて可哀想なひとを完全に恨みきることは――昔、シマを結局殺せなかったように、エメザレにはどうしてもできなかった。 「……ユド、を……助け、て」 エメザレは男の耳に唇を沿わせて囁いた。男が、あの悲しい夜のような眼差しでエメザレを見る。 この男は怪物なんかじゃない。シマもサイシャーンも怪物ではない。精一杯、生きてきただけだ。苦しみ乗り越え続けてきた偉大なる影を慈しむように、エメザレは男の顔を見返して微笑んだ。 「すごい子だね……。驚いた」 男は息を吐くように、そっと呟いた。 「わかった。いい子だ。約束する。ユドを助けてあげる」 男に強く強く抱きしめられ、その言葉を確かに聞き届けた時、エメザレの意識は真っ白に塗りつぶされた。 [*前] | [次#] しおりを挟む モドルTOP |