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 エメザレは本能に操られるように、なんとか触れられそうなところにあった、テーブルクロスを引っ張った。今まで自分を見下していた、白いきれいな食器が落ちてきて、夢の欠片のようなものを散らして割れた。
 エメザレは手元にちょうど転がってきた大き目のガラスの破片を握り締め、痺れる右手でなんとか振り上げた。

 すぐそばで男が自分を見ている。ひどく悲しい夜のような眼差しだった。男がなにを考えているのかはわからない。こいつに自分が殺せるわけがないと思っているのかもしれない。もしかしたら反対に殺して欲しいと思っているのかもしれない。あるいはどうでもいいのかもしれない。男はエメザレを止めようともせず、黙っている。

 エメザレは破片を振り落とした。自分の左腕に深く突き刺さった感触がしたが感覚がない。血だけがどんどん溢れて腕を伝い、床を汚していく。痛くないことが許せなくて、突き刺さった破片を抜き、もう一度突き刺した。それでも痛みがない。開いた傷口は他の皮膚より敏感で、痺れがひどく、新しく生まれた性器のように官能を増幅させた。それに反応して身体が疼き、男のものを締め付けて、動いてもいないのに勝手に果てた。身体が快楽と恐怖で震えている。正気に戻りたかっただけなのに、どんどんと遠のいて狂っていく。

「やめろ。死ぬぞ」

 男はエメザレの手から破片を取り上げ、どこかへ放った。
 ずっと床に押し倒されたままだったエメザレを、今度はまるで子供を抱くみたいにかかえ上げ、さっきとは違って、あやすように内部を突いてくる。優しい快感が愛しくなって、男にしがみついた。

「……あ……ぁん、っ、あぁぁぁ……」

 自分の体重がかかり、これ以上ないほどに奥まで届いている。
首に手を回すと、男の首も顔も血だらけになり、二人で抱きしめ合って死に向かっているような気分になる。それは悪い気分ではなく、解放されたような気持ちよさだ。このまま快楽をむさぼるだけむさぼって、なんだか死んでしまいたかった。

「……あ、ぁあ……ぃい、よ、……いい……っ」

 もっと奥を突いて欲しくて、腰を擦り付けた。男はそれに応えるように中をぐるぐると掻き混ぜる。淫らな音が響いて、男を締め付け、また果てた。
表面だけは溶けるように熱い。しかし内側の熱は血と共に外へと流れていくようで、いつの間にか内臓が冷え切っている。身体の芯からゆっくりと冷気が全身に広がっていくのを感じて、きっとひとは内側から死んでいくのだと思った。

「エメザレ」

 エメザレの耳に届いたのは男の声ではなかった。確かにその声はエスラールのものだった。だがエスラールの姿はない。



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