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「どうすればあなたの気が向くのでしょうか……」

 と言った時、エメザレは口が重たくなっていることに気が付いた。眠気にも似ているのだが、ぼんやりして頭が痺れていくような感覚がゆっくりと侵食してきて、“食事をした意味”をエメザレは瞬時に理解した。

「そんなにユドのことを助けたいのか。理由はなんだね」

 ラステルガの声は何重にも重なり揺れて、幻想的に耳に響く。

「僕の善意は……かつて報われませんでした。だから、彼の……善意、は報われて、ほしい……」

 違和感を覚えてから、ほんの僅かな時間しか経っていないというのに、エメザレの正常な感覚はどんどん失われていった。全然知らない誰かの身体を無理やり借りているような、自分が自分ではないような錯覚に陥り、一体自分が何を言っているのか、何をしようとしているのかが、よくわからなくなる。
 いつもの、あの愉悦に飲み込まれる気分とは違う。自ら意識を手放すのではなく、強制的に奪われていく。

「善意か。少年らしくていいね。可愛いよ」

 そう言ったのが誰なのかも考えるのが面倒だった。身体中の力が抜け、まともに立っていられなくなる。テーブルの端に掴まり、なんとか体勢を保とうとしたが、急に視界が切り替わって、一体なにが起きたのかすぐに理解できない。
 冷たい床の固い感触が頬を覆い、自分が横たわっていることがわかった。

 身体中の皮膚が浮き上がるように熱を帯びて水分が蒸発し、干からびて死に絶えるような気分になる。苦悶そっくりの陶酔が皮膚を駆け巡っている。
 思考が破壊され単純な感覚だけが増徴し、異常な感覚から逃げようがないのに、絶対に逃げなければならないような気がして、エメザレは床を這ったが、借り物のように痺れた身体は弱々しく数十センチ動いただけだった。

「逃げられるわけがないだろう」

 脳を溶かすような優しい声が響く。空間の些細な振動に恍惚を感じるほどに、感覚が剥き出しになっている。腕を掴まれ引き起こされると、視界がひどくぶれた。

「……ぁ」

 腕を掴まれただけなのに、性器を撫でられたような快感が走り、思わず身をよじった。



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