6/13


 エメザレは、総監と二人でのんびり朝食を食べることに、なんの意図があるのかを考えかけてやめた。どちらにしろこれらの料理を食べねばならない。総監がわざわざ用意してくださった朝食を拒否する権利はないのだ。

「はい、頂きます」

 エメザレは見事に白いスープを煌びやかなスプーンですくい、口に運んだ。ミルクのような白さだが上品なジャガイモの味がした。テーブルの中央には滅多に見かけることすらない、異国の果物が並んでいる。馴染みのない形の異国の果物はあまり食べたいような気がしない。それよりスープの隣にある、苺を潰してミルクをかけたシンプルなデザートのほうが美味しそうに見えた。


 食事が始まると総監は色々と話し出したが、まるで本題を避けているように、料理の素材の話やら、訓練の話やら、天気の話やらをし続けた。世間話をするために呼んだわけではなかろうし、エメザレも世間話をするために来たのではない。
焦る気持ちがエメザレを苛立たせたが、それでも世間話に適当に相づちを打って、苺ミルクを味わった。
 しばらく総監との取り留めのない会話が続き、ようやく気が済んだらしい総監は、急に我に返ったように無駄話をぴたりと止めて、エメザレを見つめた。

「それで、そろそろ本題にでも入ろうか。エメザレくん。私が振るまで、よく我慢したね。えらいえらい。さすがに君はお利巧なようだ。君の話を聞こうか。私に言いたいことはなにかな」

 総監はあくまでも穏やかな顔を保ちながら聞いた。試されていたのだろうかと思いながら立ち上がり、エメザレはサディーレの日記を取り出して、最後のページを開いて掲げた。

「これはサディーレが書いていた日記です。ここにはっきりと、自殺すると書いてあります。調べればこの筆跡がサディーレであることも、この日記帳が現地指揮官から貰ったものであることもわかります。ユドがサディーレの部屋を訪れる前に、サディーレは既に自殺し死んでいたんです。でなければユドがサディーレを刺せるはずがありません。ユドは無実です。確かに事件を大事(おおごと)にしたことは罪に当たります。けれども死刑に値する罪ではありません」

 エメザレが日記を差し出すと、総監は食い入るように最後のページを読んでから、ぱらぱらと前のページをめくった。総監の顔つきは無表情で、柔らかな表情を顔に貼り付けることを忘れてしまっている。

「なるほど」

 総監は日記を閉じると呟いた。その顔には穏やかさが戻っている。

「あなたにならばユドを救うことができるはずです。お願いします。彼を助けてください」

「私がユドを救わねばならない理由はなんだろう」

 極めて冷徹な声色だった。それでも温和な表情だけは崩さすに言って、総監は続けた。

「それにこの国、クウェージアでは自白がなによりの証拠になる。君が持ってきたその日記帳は、ユドが来る前にサディーレが自殺していた可能性を示してはいるが、決定的な証拠ではない。ユドが自白を撤回しない限り極刑は免れない。その上、ロイヤルファミリーならばともかく、彼は二号隊最弱の役立たずだ。いなくなったところで誰が困るわけでもない。生きている価値のない奴が、ありもしない事件をでっち上げ、偉そうに要求を突きつけ、ガルデン史上に残る混乱をもたらせ、総監である私を困らせた。私にはユドを憎む理由はあっても、手間暇かけてまで救う理由は一つもないと思うのだが、どうだろう」

「あなたはガルデン総監です。ガルデンの愛国の息子達を守る義務があるはずです。全ての可能性はユドが無実であることを示しています」

「可能性は認めよう。そしてもちろん、私にはユドを救う義務がある。だが私には義務を葬る力もあるんだよ。エメザレくん。義務を守るか葬るかは私の気分次第ということだ。それにだ、エメザレくん。この事件の原因は君だろう。ユドは、ロイヤルファミリーでありながら犠牲者であり続けた君の奇行をやめさせたかったから、こんなことをしたんだろう。つまり、私はユドと君に踊らされていたことになる。私には君の願いを聞き届けてやる理由もない」

 穏やかな顔は、無理に作りこんだような変な表情となって、このガルデンで何十年の月日をかけて腐り育った闇が透けて見えたような気がした。


- 177 -


[*前] | [次#]
しおりを挟む


モドルTOP