4/13 「総監はシマよりもかつての私よりも、もっとずっと恐ろしい存在だ。会えばわかる。一目見ればわかる。早く帰ってくるんだ。早く帰ってくる努力をするんだ。出し抜こうなんて考えは捨てろ。総監は――ガルデンが造り出した怪物だ」 「僕は例え死んでも気にしません」 「ばかな気を起こすな」 サイシャーンはエメザレを強く揺さぶった。心配しているのだろうが、表情はただ恐いだけで、どちらかというと脅迫めいている。 エメザレは自分の腕を掴むサイシャーンの大きな手の上に手を置いた。 「大丈夫ですよ。早々に死ぬ気もありませんから、ちゃんと帰ってきます。でも、もしなにかあっても先輩が気に病むことはないと言いたかっただけです。もう行きます」 サイシャーンの手は諦めたように離れた。エメザレは外へと続く扉の前に立った。 扉にはベルを鳴らす紐と小窓が付いている。紐を引っ張れば向こう側のベルが鳴り、常時二十人いる見張り番の誰かがやってきて小窓を覗き、鍵を開けるか否かを決めるわけである。 扉の脇に控えめにぶら下がっている紐を引っ張ると、案外けたたましいベルが鳴り響いた。エメザレがこの時間に来ることが知らされていたのだろう。小窓はベルがなったのとほぼ同時に開き、眼光の鋭い中年の顔が中途半端に見えた。 「エメザレか」 「はい」 エメザレが答えると扉は軽く軋んだ音を立てて空いた。エメザレには本当に特別な外の世界だ。だが、嬉しいという気持ちは意外なほどなかった。振り返ると、サイシャーンがかなり後ろのほうから相変わらずの金属で固めたような無表情で、エメザレを見つめていた。 ◆◆◆ 外界といえども所詮は同じ建物の中である。客人を迎えることもあるのだろうし、内装には少々気を使っているようだが、特別驚くようなものはない。内部と違うことといえば、あまり大したものには見えない剣と盾が壁に飾られていることと、内部より床が磨かれていてきれいだということくらいだが、せっかくなのでエメザレは一応周りを見回しながら中年男の後に続いた。 総監室は四階にあった。どうやら監理棟の最上階であるらしい。最上階は他の階層より狭いのか、見たところでは総監室以外に部屋はなさそうだった。権限の高さを誇示したいのか、ただの趣味なのか謎であるが、総監室の扉は白かった。全く汚れのない白い扉は、西棟に鎮座する白い礼拝堂の高慢さに似ている気がした。 「エメザレを連れてまいりました」 中年男は総監室に取り付けられた白いドアノッカーを二度鳴らして言った。中から声は聞こえなかったが中年男は迷わずドアを開けた。唐突に部屋から眩しい光が溢れ出してきて、エメザレは一瞬色彩を失った。 中年男はエメザレの背を押し部屋に押し込めると、すぐに扉を閉めた。 目の前に広がる光景にエメザレは息を呑まないわけにはいかなかった。エメザレは色彩を失ったのではなかった。そこはは色彩のない部屋だったのだ。見たこともない、ただ真っ白な世界だ。総監室には大きな窓があり、エメザレをちょうど照らすように、わずかに温かく鋭い朝日が入り込んでいて、真っ白な世界により一層の輝きを与えていた。そこにあるものは全て、机も椅子も本棚も絨毯も壁も窓枠に至るまで白い色で統一されていた。 ずっと昔に聞いた事がある。白い髪の住む王都は世界で最も美しく、白いものしかない都市であると。エメザレは幼いとき、白い都市を想像し、よく陶然(とうぜん)としたものだ。エメザレが知っている、黒っぽく汚れた世界ではなく、もっと違う完全な白い世界がこの世のどこかにあるのだと思うと、純粋に嬉しくなった。エメザレの前に広がっている光景は、その白い都市のイメージを思い起こさせた。 「綺麗」 エメザレは声に出さず、口の中で呟いた。 「よく来たね」 横から声がした。 [*前] | [次#] しおりを挟む モドルTOP |