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 エメザレの声が響いた。まるで自分の台詞を言われてしまったようで、エスラールは複雑な心境に陥った。エメザレがそんなことを言うとは思っていなかった。
エメザレの顔は驚くくらい恐い。いつもどこか諦観しているような美麗な目元は、明らかな怒りを携え、美しく歪んでいる。眼差しだけでも相当の威力がある。シマやサイシャーンの眼光を思い出した。

 優しい顔の彼はエメザレの怒鳴り声に恐怖を感じたらしく、一瞬引きつった顔をすると、パニックに陥ったように嗚咽を漏らして泣き叫んだ。
 エメザレは悪いと思ったのか、顔の表情を和らげ、今度は優しく言った。

「死ぬなんて言わないでよ。犯されたくらいじゃ、ひとは死なないよ」

「死ぬよ。死ぬよ。僕は、淫乱な君と違う」

 彼はもうわけがわからない、というくらいに泣きじゃくりながら必死に言った。絶望の果てに、敵味方関係なく捨て身で暴れまわる軟弱な狂戦士のようだった。本当は助けてほしいのに、自分の気持ちすら見失っているのだ。エメザレはいつもの諦めたような目で静かに彼を見ている。

「そんな言い方すんなよ」

 エスラールは言ったが、彼は泣き続けていて、おそらく耳に入っていない。

「もういいよ。ごめんね」

 エメザレがエスラールの腕を引っ張り、彼らに背を向けた。エスラールが彼らになにか言うのを恐れているのか、早く彼らから遠ざかりたいのか、エメザレは早足だった。

「ありがとう。エメザレ。今までありがとう」



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