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「髪型すげー」

 その先には目を瞑り、長椅子に一人で座る、おさげの少年がいた。遠目からでもわかる。とにかく髪が長い。ヘソの下辺りまであるだろう。それを三つ網のおさげにしているのだ。一言で表すなら変だった。

「あの髪型はね、エルドを何気なく意識しているんだよ。エルド様の髪は紐みたいに編まれてるだろう?」

 エメザレがエスラールに耳打ちした。エルド像はあまりに見慣れていて、髪型を意識したことはなかったのだが、思い出してみると確かに編みこまれていて月の男の髪型と似ていなくもない……かもしれない。

 月の男は、ここではないどこかに逃避行中のようだった。礼拝用の長椅子が礼拝に使われているところを始めて見た。月の男の周囲には、確固たる壁のようなものがあり、全ての存在を遮断しているような、ある種、孤高ともいうべき雰囲気があった。
 二人はそんな月の男の前に立った。

「お祈りのところを失礼」

 エメザレが言うと月の男は静かな動作で目を開けた。その顔には感情がない。迷惑とも思っていなさそうだ。
 月の男の顔立ちは少し幼く、猫のような顔立ちで目がつんと尖がっている。身長も高くはないだろう。おそらくエメザレよりも小さい。だが何より驚いたのは、月の男の瞳が青かったことだ。青いといっても昼の空のような、明るい青さではない。夜空の、黒に近い深い青さだが、それでもぱっと見て、瞳が青系統なのはわかった。

 黒い髪のエクアフ種族は、もれなく黒い髪、黒い瞳だ。エスラールのように、少し茶髪っぽいとか、茶系の瞳の色素が心持ち薄い、というのはあるが、瞳が青いのはかなり珍しい、というか純潔の黒い髪のエクアフ種族では有り得ない。おそらく何代か前に、他種族の、たぶん碧眼のダルテス種族の血が入っている。だが目が青いという以外は、なんら他のエクアフ種族とは変わらない。まるでふと思い出したかのように、眠っていた血脈が瞳にだけ気まぐれに現れたような印象だった。

「なにか、ご用でしょうか。惻隠(そくいん)なる罪人よ」
「はい?」

 月の男は極めて中立的な声で言ったが、エスラールは言葉の意味がわからず、思わず首を傾げた。

「惻隠は憐れって意味だよ」

 エメザレがこっそり教えてくれた。随分と失礼なことを涼しい顔で言ってのける奴だと思った。

「事件のことで聞きたいことがあるんだ」


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