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 世界中にどれだけの書籍があるのかは知らないが、ガルデンの図書室の品揃えは申し分なかった。いや、本を読むのが嫌いなエスラールが申し分ないと思っているだけで、本好きから言わせれば、もしかしたら足りないのかもしれないが。

 ただ、古いものから比較的新しいものまで揃えられているし、シクアス語の雑学本やダルテス語の古典文学もあるのは、本を読まないエスラールから見てもすごいことだとわかった。東棟を占める割合も、西棟の礼拝堂ほどではないがそこそこ大きい。

 図書室に入ると、真っ先に目に入るのは綺麗に並べられた机と椅子だ。少なくとも百人は座れるだろう。本が好きなひとびとは、訓練が終ると真っ先に図書室に集うのか、すでに十五人ほどが椅子に座り、各々別世界に旅立っていた。

 エスラールは図書室が苦手だった。この静寂さに鳥肌が立つ。こういうじっとしていなければならないところや、礼拝堂のようにかしこまっていなければならない空間が、どうにも苦手だ。行動を制約されると反動が起こるのだと思う。長く居ると唐突に踊りだしたくなるのだ。

 とりあえず見渡してみたが、見た限りではミレーゼンはいないようだ。

「いないな。やっぱり二号寮じゃないか」

 身体が痒くなってきたエスラールは早く図書室から去りたかった。

「たぶんエロ本の棚にいるよ」
「エロ本!?」

 エスラールの叫びは、閑静な図書室の中でエコーした。慌てて両手で口を塞いだが、もちろんアホのように目立っている。

「ごめん。エスラールにエロ耐性ないこと忘れてた」
「うむ。頼むよ。てか図書室にエロ本コーナーなんてあんのかよ」

 エスラールはこれでもかというほどの小声で聞いた。

「シクアス語の大衆演劇のシナリオ小説はだいたいエロいんだよ。だから二号隊ではそう呼んでたんだ。こっち」

 シクアス語じゃ俺読めないなぁと微妙にがっかりしながらも、エメザレの後についていくと、棚と棚の間に座り込み、本に没頭しているミレーゼンがいた。棚の二段目に足をかけ、反対側の棚にもたれかかっている。横顔が美しく、足が長いので絵にはなっているが、かなり邪魔でフリーダムだ。しかしミレーゼンは、ここは我がテリトリーとばかりに全く気にしていない。なにしろ合体現場を見られても動じない神経の持ち主なのだ。ひとの迷惑など考えないのかもしれない。

 ミレーゼンは、相当に本の世界に没入していたのか、二人が近付いても本を読み続けていた。

「いたいた。ミレーゼン、聞きたいことがあるんだ」



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