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「なんだよ!」

 イライラしながらも振り向くと、少し離れたところにヴィゼルが立っていた。いつもであれば訓練が終れば、どちらからともなくお互いの姿を探すのだが、今日は違った。エスラールの姿が見えないので、ヴィゼルはエスラールのことを探して走ったのだろう。ヴィゼルの息は切れていた。

「うわぁ。どうしよう」

 エスラールは思わず呟いた。

「エメザレとどこに行くの」

 ヴィゼルはちょっと拗ねた感じで聞いてきた。たぶん焼きもちだ。エメザレが来てから、ヴィゼルと絡む時間は格段に減っている。ついでに、一昨日の夜にエメザレとどこへ行っていたのかという質問の答えもうやむやのままだ。

 ヴィゼルに事情を話したいが、どれも秘密にしなければならないことばかりだ。だがここで秘密だと答えるのはあまりに怪しすぎる。エスラールはいつもながら、言葉を詰まらせた。

「い、行くところがあって……二人で行かなきゃいけない」
「僕は連れていってもらえないのだね」

 ヴィゼルの瞳がだんだんと潤んできた。ヴィゼルも無理をしていたのだ。エスラールと離れ離れになることは受け入れ難かったはずだ。ヴィゼルもエスラールも聞き分けはいいほうだが、それと納得しているのとはまた別の話なのだ。

 ヴィゼルの気持ちはわかる。連れていきたいのは山々だが、無理なものは無理だ。エスラールは不本意な沈黙で答えるしかなった。

「どうして答えてくんないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!」

 ヴィゼルは生き別れた母親と千年ぶりの再会を果たしたみたいに、人体の限界をゆうに超える大量の涙と鼻汁を勢いよく噴出しながらエスラールに突進してきた。

 べちょっという生々しい音がして、胸の当たりが段々と生暖かくなる。エメザレの制服でなくてよかった。と、こんな時になぜか思った。

「申し訳ない」

 かける言葉はそれしかない。エスラールはしっかとヴィゼルを抱きしめて詫びた。

「急がしそうだね。エスラール。僕は一人でも平気だから先に行くよ。じゃあね」

 エメザレは抱き合う二人に一瞥をくれて歩き出した。



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