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 エメザレは恥かしそうに、というより半分苦しそうにうつむき、エスラールの右手を両手で包み込むようにしながら握り締めた。

 そのエメザレの手の冷たさがエスラールの体温に溶け込んできて、これが夢ではないのだとわかった。十六年の人生でここまで嬉しい言葉を聞いたことがない。この全身の痛みが無駄に終らなくて本当によかった。土に還りかけた怪物になった甲斐があるというものだ。本当に本当によかった。

「ありがとう」

 エメザレの手をしっかり握り返してエスラールは泣きたいほど微笑んだ。

「だから君にだけ本当のことを教える。僕の真意を話すよ。でも君にだけだ。サイシャーン先輩には言わないで。僕はあのひとを信用できない」

「総隊長はいいひとだよ。今は。昔のことは知らないけど。なにかされたの?」

 うつむいたままのエメザレの頭にエスラールは優しくきいた。

「なにも。なにもされてないよ。直接はね。あのひとはなにもしないひとだ。誰がどんな目に合っても、仲間がどんなことをしでかしても、なにもしないでいられるひとだ。それは先輩の生き方だから、責めるつもりはないよ。僕だってひとのこと言えない。でも信用はできない」

 エメザレの言っていることは少しだけ理解できた。エメザレが言うように、サイシャーンが『なにもしないひと』だとは思わない。だが、サイシャーンはエスラールよりもずっと、割り切る能力を持っているひとだ。例え良心の呵責に苛まれたとしても、やりたくないことでも必要があれば、割り切ってできてしまうひとなのだ。もしくは、例えばユドが死刑になるのは仕方がないと言ったように、納得できずとも、受け入れることや諦めることが、しっかりできてしまうひとなのだ。

 悪いことだとは思わない。ただエスラールはそれをずっとサイシャーンが大人だからだと思っていた。

「総隊長に言えないって……なに考えてんだよ」


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