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「よお、偽善童貞」

 響いたのはヴィゼルでもサイシャーンの声でもなかった。聞き馴染みのない声だったが、台詞でそれがミレベンゼだとわかった。

「なんだお前か。なにしに来たんだよ」

 妙な悲鳴を聞かれたのは少々恥かしいが最悪の事態は避けられた。エスラールは安堵のため息を吐いた。

「エメザレの寝間着と制服、届けてこいって。ないと困るだろう。さすがに素っ裸で訓練はなぁ」

 それもそうだ。当初の目的を完全に忘却していた。ミレベンゼが来なければ、おそらく明日の朝まで気が付かなかっただろう。
 ミレベンゼは部屋の中に入ってきて、エメザレの制服と寝間着を半分投げるようにしてベッドの上に置いた。それからエスラールとエメザレをまじまじと眺め、首を傾げた。

「これからやる気か?」
「やらねーよ。ばか」
「じゃあなんで抱いてんだよ。しかも鼻血出して」
「エメザレが俺の服を放さないんだよ。鼻血は殴られた」
「エメザレは寝てんのかよ?」

 ミレベンゼはエメザレの顔を覗き込んだ。エスラールが殴られたということは完全にスルーされている。

「寝てる」

 エメザレはまだエスラールの寝間着を掴んでいたが、ずっと膝に乗せて抱いていたので足が痺れてきた。エスラールはそっとエメザレをベッドに寝かせ、エメザレの指を一本一本丁寧に開いて寝間着を離させた。

「そいつ、あんたのこと好きなんじゃないの?」

 ミレベンゼは根性の悪そうな顔でにやけた。



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