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 だが、エスラールはそれでも諦めなかった。綺麗な場所がないのなら、ここに作ればいいと思った。世界など変えられないだろうし、クウェージアの在り方も、考え方も、この村の貧しさすら、変えることはできないかもしれない。けれども自分の周りの半径一メートルくらいの世界だったら、エスラールの力でもなんとかなると信じていた。

 だからエスラールは嫌なことを捨て去って、楽しみや幸せで自分の身の回りを飾る努力をしてきたし、同時に、できるだけ素敵なものを見つけようともしていた。不幸を嘆いて生きるのは簡単だ。事実、世の中はいつも理不尽だし卑怯だし、くだらないし、うんこだ。
 でもそんなうんこみたいな人生は嫌だった。絶対に嫌だった。

 エメザレと一緒に部屋になったと知ったとき、自分では対処できないエメザレという闇に、せっかく作りあげた綺麗な空間を侵されそうな気がして逃げ出したくなった。でも、エメザレの顔を近くでしっかりと見て、あの美しい目を見て、それはとんでもない勘違いだと感じた。エメザレは良いものを持っている。理解しがたいほどの強烈な寛容さと、退廃をまるごと抱きしめてしまうような、無謀で優しい強さだ。見たこともないほど良いものだ。

 きっとエメザレはエスラールの作った綺麗な空間で最高に輝いてくれるだろう。半径一メートルどころではない、もっともっと広く、大きく、壮大な空間を変えることができるだろう。だからエメザレが必要なのだ。エメザレは美しい世界に必要だ。あれは幻なんかじゃない。気のせいなんかじゃない。エスラールはエメザレに確かに輝くものを見たのだ。

 このひとを助けなくてはいけない。
 エスラールの頭の中でそんな声が響いた。


◆◆◆

「あたたたた……」

 エスラールは、ただ思い出を回想していたような、微妙な夢から目覚めた。半分もげているんじゃないかと心配になるほどの首の痛みで、思考がなかなか復活しないが、どうやらベッドに寝かされ、ご丁寧に毛布まで掛けられているらしい。辺りはまだ暗かった。

 とりあえず起き上がったが違和感がある。なんか世界が斜めになっている。首が右側に傾いている気がする。



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