2/8


「お前、暑苦しいんだよ。偽善ぶりやがって」

 男は昨日のミレベンゼと同じようなことを言って顔をしかめ、エスラールの胸倉に掴みかかってきた。エスラールも負けじと男の胸倉を掴み返す。一対一なら負ける気はしないが、エスラールはもう十人以上に囲まれている。いっせいにかかってこられれば一瞬で負けが決まる。

「待って、ミレーゼン」

 エメザレは自分が持ってきたであろう毛布を腰に巻きつけている。ミレーゼンは一応エメザレの方を振り返った。

「そいつ、僕の監視してるんだ。命令されて、それに従ってるだけの、ただのお人好しで頭の弱いロマンチストだ。だから、そのまま帰してやってよ……ミレーゼン、お願い」

「命令だかバカだかは知らねーが、俺はこのまま帰すつもりはない」

「違う! 俺は自分の意志で来たんだ。エメザレを助けたくて来たんだ。俺は逃げない。エメザレと一緒に帰るんだ!」

 エスラールはエメザレに向かって叫んだ。

「もういいから逃げろ、エスラール! かっこつけてる場合じゃない! その変な首で戦ったら下手すれば死ぬよ!」

 エメザレは焦った顔で、エスラールを取囲んでいる男達を器用にあしらいながら、すり抜けて走り寄ってきたが、逃げろと言われてもミレーゼンに制服を掴まれているし、もとから逃げる気もない。負けるだろうが、力の限り戦うしかない。

「俺は常に仲間のために死ぬ覚悟してんだよ! ここで死んでもエメザレを恨んだりしないから安心しろ!」

「お前、マジでなに言っちゃってんの。鳥肌が立つんだよ! そんな死にたきゃ殺してやるよ、今すぐにな!」

 ミレーゼンの拳が振り上げられた。

「待て」

 少し離れたところから冷静な声がした。大きな声ではなかったが、よく響く冷え冷えとした声だった。ミレーゼンはその声に従って、拳を下ろし、エスラールから手を放したので、エスラールもミレーゼンから手を放した。

 声のした方向を見ると、最上位グループと思われる五人ほどの人影の更に奥から、一人の男が姿を現した。男の顔には見覚えがある。一度見たら忘れない、顔の右側に大きな傷がある男――シマだ。

 場の空気が変わった。シマはゆっくりとエスラールに向かってくる。エスラールを取囲んでいた男たちは後ずさりするようにして、シマに道を開けた。


- 81 -


[*前] | [次#]
しおりを挟む


モドル
- ナノ -