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「お前、暑苦しいんだよ。偽善ぶりやがって」
男は昨日のミレベンゼと同じようなことを言って顔をしかめ、エスラールの胸倉に掴みかかってきた。エスラールも負けじと男の胸倉を掴み返す。一対一なら負ける気はしないが、エスラールはもう十人以上に囲まれている。いっせいにかかってこられれば一瞬で負けが決まる。
「待って、ミレーゼン」
エメザレは自分が持ってきたであろう毛布を腰に巻きつけている。ミレーゼンは一応エメザレの方を振り返った。
「そいつ、僕の監視してるんだ。命令されて、それに従ってるだけの、ただのお人好しで頭の弱いロマンチストだ。だから、そのまま帰してやってよ……ミレーゼン、お願い」
「命令だかバカだかは知らねーが、俺はこのまま帰すつもりはない」
「違う! 俺は自分の意志で来たんだ。エメザレを助けたくて来たんだ。俺は逃げない。エメザレと一緒に帰るんだ!」
エスラールはエメザレに向かって叫んだ。
「もういいから逃げろ、エスラール! かっこつけてる場合じゃない! その変な首で戦ったら下手すれば死ぬよ!」
エメザレは焦った顔で、エスラールを取囲んでいる男達を器用にあしらいながら、すり抜けて走り寄ってきたが、逃げろと言われてもミレーゼンに制服を掴まれているし、もとから逃げる気もない。負けるだろうが、力の限り戦うしかない。
「俺は常に仲間のために死ぬ覚悟してんだよ! ここで死んでもエメザレを恨んだりしないから安心しろ!」
「お前、マジでなに言っちゃってんの。鳥肌が立つんだよ! そんな死にたきゃ殺してやるよ、今すぐにな!」
ミレーゼンの拳が振り上げられた。
「待て」
少し離れたところから冷静な声がした。大きな声ではなかったが、よく響く冷え冷えとした声だった。ミレーゼンはその声に従って、拳を下ろし、エスラールから手を放したので、エスラールもミレーゼンから手を放した。
声のした方向を見ると、最上位グループと思われる五人ほどの人影の更に奥から、一人の男が姿を現した。男の顔には見覚えがある。一度見たら忘れない、顔の右側に大きな傷がある男――シマだ。
場の空気が変わった。シマはゆっくりとエスラールに向かってくる。エスラールを取囲んでいた男たちは後ずさりするようにして、シマに道を開けた。
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モドル