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「なんでそんな捻くれた考え方するんだよ! 俺は本当に――」

 ぶん殴りたい衝動を抑えてエスラールは反論した。しかしエメザレは聞く気なんてないとばかりにエスラールの言葉を遮った。

「僕が来る前まで、君の周囲は平和そのものだったんだよね。君は世界の中のクウェージアという国の中の、ガルデンという施設の中の、ごくごく小さな領域の中に平穏を作り出して、そこだけ見て人生って素晴らしい、生まれてきて良かった、っていつまでも思っていたかったんだろう?

本当は平穏な領域の外があって、失望的な出来事が嵐のように吹き荒れているのを知っているのに、外を見ると生きているのが嫌になるから、ずっと見てこなかった。それが君なりの“まともな精神の保ちかた”なんだよね。

一生懸命作った平穏な領域に突然こんな淫売がやってきて、エスラールは混乱しているんだよ。エスラールは僕の心配をしているんじゃない。平穏な領域が壊れてしまうことを心配して、なんとかしようと足掻いているんだよ。

だから僕のことを都合がいいように考えたがる。そしてなんとか僕を君好みの性質に仕立てて、平穏が壊れないようにしたいと思ってる。それで全てが解決すると信じている。だから友達という言葉を使いたがって、友達になりたいとか、もう友達だとか言ってるんだ。

でも残念だけど、僕が意図しなくとも僕は居るだけで平穏を壊してしまうし、それに自分の性質がそう簡単に治ると思わない。

エスラールは今、とても混乱していて感情の輪郭がぼやけているんだよ。今は心配とか同情とか義憤とか、その程度の小奇麗な言葉で片付けられるだろうけど、これからはっきりと見えてくるのは僕への憎しみだ。平穏を破壊した僕への憎しみだ」

 エメザレの言葉に、エスラールはなにも返せなかった。その通りだと思ってしまった。

 つい昨日まで、エスラールはエメザレを少なからず嫌悪していたはずだ。悪いものの象徴のように感じていたはずだった。しかし、同室になるのだと覚悟した瞬間、エスラールの中でエメザレは綺麗で可哀想な存在に変わった。

 誰とでも寝るのが本当だとわかったときも、犯してと言ってすがってきたときも、セックスはパンだとか言ってきたときも、本当は大きく失望していた。でも失望を埋めるように、なにかか覆いかぶさってきて失望はなかったことにされた。だからエメザレを嫌いにならなかった。

 そのなにかがなんだったのかわかった。理想への執着で、現実への拒絶だ。そうやっていつも精神と平穏を保ってきたのだ。ずっとしてきたのは現実を割り切る努力ではない。夢を見るための努力だ。



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