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「教師という大人は確かにいたが、彼らは武術と勉強を教えるだけの存在だった。もちろん悪いことをしているのを見かけたら叱るがね、子供だってそうバカでもないから、悪いことは大人のいないところでこっそりとやるだろう。
本当は、裏でしていることこそ監視するべきなのに、大人は誰も裏まで入り込んでこなかった。人数が多くて目が行き届かなかったという理由も確かにあるだろうが、それを含めてシグリオスタの方針だったんだろう。弱い者はいらない、という方針さ。

だから実質、あそこは子供だけの王国なんだよ。あんな秩序のない、過酷な環境は滅多にないだろうな。なにしろみんな子供だから、情けも容赦もない。残酷で、手加減のしかたも知らない。強い者が滅茶苦茶なルールを作って弱い者を支配する。もう動物の世界だよ。思い出したくもない」

 昨日の二号寮の雰囲気こそ、シグリオスタそのものだったのかもしれない。雰囲気といっても話したのはミレベンゼ一人だけだが、それでも自分とは明らかに根本から違う気質なのはわかった。ミレベンゼの考え方や、ロイヤルファミリーの公然とした非人道的な在り方は、子供の王国から持ち出されたものだったのだろう。

「もう行こう、エスラール。そろそろ朝食が終わる時間だろう」

 サイシャーンは過去から逃げるように背を向けた。二人とも洗顔はとっくに終っている。最初から歩きながら話していれば、朝食に間に合ったのではないか、という考えはこのさいしないでおく。

「あの、総隊長はエメザレの二号寮での行為を知ってて、それでも歓迎すると言ったんですか?」

 エスラールはサイシャーンの、ぴんと伸びた背中に向かって訊ねた。

「そうだよ。エメザレはまだ変われる。まだ十六なんだ。私は一号隊に来て、考え方も価値観もずいぶん変わった。ひとなんて環境でいくらでも変われるさ。ひとの半分は環境によって作られてるようなもんだ。まぁ、あとの半分は私の顔面のように、治らないかもしれないが。エメザレは絶対に変わるよ。君なら必ず変えられる!」

 サイシャーンは振り向き、冷酷な顔で――しかし瞳を星空のように煌かせながら言った。冷徹とロマンを併せ持つ、矛盾したその顔のなんと輝かしく崇高に男前なことか。エスラールはサイシャーンの悪人顔に萌え悶え、決め台詞に惚れ禿げた。

「超かっこいいです!! そおたいちょおぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!」

 エスラールは荒ぶる感情の赴くまま、激しく猛烈に、サイシャーンに抱きついたが、次の瞬間、わずかに気が遠のいて、気がつけば膨らんだたんこぶのさらに上に、もう一つたんこぶができていた。



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