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「あれだけの大事だからな。私でなくとも誰だって知ってるさ。昨日のうちに一号隊全土に知れ渡ってしまったようで、全く私も頭が痛いよ。私がいれば止めたんだが、昨日の夜はまた呼び出しをくらっててな……。バファリソンには強く注意しておいたが、君に頭を叩かれたことにご立腹の様子だったから、一応気をつけておけ」
「ああ、そっちのことですか」
てっきり二号寮のサロンでの出来事のことかと思っていたので、エスラールは安心して、今度は吐き出すはずの水を飲んでしまった。吐く予定のものを飲み込むというのは、例え水であれ、なんとなく嫌な気分である。
「そっち、とは? 他にもなにかあったのか。というか、エスラール。よく見ると君はひどい顔をしているな」
エスラールの顔をまじまじと眺めて、サイシャーンは悪意のなさそうな声で言った。
「そんなこと真顔で言わないでくださいよ。傷付くじゃないですか。自分で言うものなんですが、僕はそこまでひどい不細工ではないと思っているんですけど」
「いや、造形美の方ではなくて、体調的な意味でだ。確かに君は不細工ではないから安心したまえ。本当にとりとめのない、ごくごく普通の、極めて凡庸な、良くも悪くも誰も振り返らない程度の、標準的で平均的で庶民的な、ありふれた、なんてことのない無難な顔立ちだ。自信を持て」
サイシャーンは歯木(歯ブラシ)を片手に、きりっとした顔をより一層きりりとさせて深くうなずいた。
「すいません。総隊長。そんな雄々しいお顔で言われても、それ、逆に傷付きます」
「そうなのか。それはすまなかった。そうか、私としてはうまくフォローできたつもりだったんだが。ああ、なんということだ。傷つけてしまうなんて。なんと謝ればいいか。心苦しく、面目ない。申し開きも顔向けもできず、本意なく、遺憾で、口惜しく、残念であり、負い目を感じる。すまなかった」
サイシャーンは歯を磨きながら大量に詫びたが、いつものごとくに顔面の筋肉は、デフォルトに固定されたままで動かない。できれば語彙を増やすより、表情のレパートリーを増やすことに専念してほしいものだ。
「もういいです。総隊長。わかりましたから、無表情のまま詫びの言葉を連発しないでくださいよ。もう本当に、なんか大丈夫なんで」
エスラールはやりきれない気持ちを己の歯にぶつけるようにして、がむしゃらに歯を磨いた。
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モドル