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「気を使わなくていいよ。僕のこと迷惑だと思ってるんでしょ? 僕と無理して仲良くしてもいいことなんてないし。僕は別にエスラールのことが嫌いなわけじゃない。でも適当な距離を保っていた方がお互いのためだと思うんだ」
「まぁ、ぶっちゃけ迷惑だよ。十年一緒に住んでた仲いい奴と離れちゃったしね。迷惑だけど、でも俺はそのままなのは嫌だ。どうせなら、エメザレと一緒の部屋になれてよかったって思えるようにしたいじゃん。ずっと迷惑なまま、微妙な気持ちで一緒に暮らすなんてなんか損じゃん。人生ってやつは楽しむ努力をしないと楽しめないんだよ! もしエメザレが困ってるんなら力になるから、絶対助けるから、だから俺のこと友達だと思ってよ」
「……エスラール」
とエメザレは呟いて一切の表情が消え去った。虚像が消えたのだと思った。これが本当のエメザレだ。空っぽに近いエメザレの顔だ。
ふいにエメザレはエスラールの胸に倒れ掛かかってきた。エスラールはどうすることもできず、ごく自然にエメザレの身体を受け止め、頼りなく薄っぺたいその背中を抱きしめた。
エメザレの身体は冷たかった。
ヴィゼルの身体とは全然違う。抜け殻みたいに弱々しくて、悲しみが伝わってくるような冷たい身体だ。助けてやりたいと思った。
ガルデンの暗澹から。汚泥の底から。
そうしたらもう少し、割り切れない現状を肯定できるような気がする。
「ごめんなさい。エスラール。僕は出て行く。すぐ、出て行くから」
エスラールの胸に顔を埋めてエメザレは小さく言った。
「出てくって、どうやってだよ」
「一号隊に僕は必要ない。居場所もない。でも二号隊には僕が必要だ。僕がいなければ平穏が保てない。僕はどうしても二号隊に帰らないといけない。そのために僕は君に迷惑をかけると思う。ごめん。ごめんなさい。エスラールはいいひとなのに、こんな目に合わせてごめんね」
「なんでそんな悲しいこと言うんだよ。居場所ならここにあるじゃんか。そんなこと言われたら俺が悲しいよ」
だがエメザレはエスラールの言葉には答えず、腕の中で僅かに震えているだけだった。
“あのさぁ、エスラール。それ、まさか恋じゃないよね?”
先ほどのヴィゼルの台詞が頭をもたげたが、どうしてもエスラールにはこれが恋だと思えなかった。
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モドル