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エメザレとは反対の意味で顔が目立つ。一度見れば忘れられない顔だった。二号隊にいる二歳上の先輩で、ただでさえ素行が悪く、恐れられているのだが、なによりその崩壊しかかった顔が見る者に慄然を与えるのだ。
まず中央にあるべき鼻が左に大きくずれている。生まれつきではないように思う。鼻が折れたときに適切に手当てをしなかったのだろう。変形したまま固まってしまったように見えた。
そして右の頬を中心に右半分がただれ、ケロイドに覆われていて、そこだけ皮膚の色が赤黒くなっている。その肉の色味の違いは、まるで違う生物がシマの顔に寄生しているかのような奇怪な印象をもたらしていた。
ずっと火傷の跡だと思っていたのだが、言われてみれば皮膚が剥がれて抉れた跡にも見えなくはない。
「違うって。シマ先輩に強姦されかけたエメザレがブチギレてやったんだって」
エスラールはシマと話したことはなかったが、見た目の印象から考えると有り得ない話でもなさそうだった。
「てか、強姦されかけてキレた奴が、なんで今は誰とでもやるんだよ? 変だろ、それ。それにその話が本当だったとしても、シマ先輩は自業自得で強姦する方が悪いんだから、エメザレだけを責めるのはおかしいだろ」
「まーそうかもしんないけどさ、でもエメザレは今回の殺人事件にも絶対なんかヤバい関わり方してると思うんだよね。エスラールも殺されないように気をつけろよ。僕は一番それが心配だよ。今度は鼻の打撲だけじゃ済まないよ」
と言ってヴィゼルはエスラールの鼻を指差した。
「大丈夫だって。エメザレはそんなことする奴じゃないよ。たぶん」
「なんだよそれ。根拠は?」
「ない! けど、今日エメザレの目を見てそう思った。目が生きてたんだ。どこかを真っ直ぐに見ていて、自分なりの強い意思があって、綺麗だったんだ」
「あのさぁ、エスラール。それ、まさか恋じゃないよね?」
若干引いた感じでヴィゼルは聞いてきた。顔の造形とハンカチの所作のわりに、こういう手合いには潔癖なところがある。エスラールはヴィゼルのそんなところに萌えを感じるのだった。
「恋? いや……恋ではない気がする。確かに顔は綺麗だし見つめていたいと思うけど、それは猫が可愛いくて見ていたいと思うのと同じ気持ちだし、特にやりたいとかキスしたいとか思わないし」
「恋を肉欲だけで推し量るのは浅はかだよ、エスラール。むしろ本当に愛しちゃったらその気持ちは肉欲を凌駕するものさ。もしかして無意識に惚れてるのかもよ」
「偉そうに肉欲を語るな。俺達は童貞だぞ」
「……うむ。そうだった」
そして二人はしばらく沈黙し、無言で生ぬるく憐憫を分かち合った。
「てゆーかエスラールよ、童貞はまだ無事なのだな!」
「安心しろ。俺の童貞はまだ無事だ!」
「では『童貞は異性に奉納しよう連盟』から脱退しない方針か!」
「そうとも! ヴィゼル。童貞は異性に奉納するのだ!」
「おお、最高の友よ!」
手を取り見詰め合う二人の世界は瞬く間に燦然と輝ききらめき、強大な不可侵的オーラをそこかしこに解き放った。
ちなみに『童貞は異性に奉納しよう連盟』にはエスラール、ヴィゼルに以下十三人の同志がおり、鉄壁の誓いを守り続けている。
「あ、バファリソンご一行だ」
エスラールの背後に気付いたらしいヴィゼルがふと我に返った様子で呟いた。
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モドル