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「誰だよ! 卑猥なこと言った奴!」
つい彼は立ち上がり、後ろを向いて怒鳴ってしまった。自分でもしまった、と思ったのだがエスラールの理性は行動を起こした後にやってくるのだ。
再び静まり返った食堂で、彼は一人目立つはめになった。
「エスラール、なにをしている。着席しなさい」
サイシャーンに言われて、エスラールはすごすごと席に座りなおした。
「静粛に。それでは食前の祈りを始める」
厳粛を取り戻した食堂は、嫌がらせのように綺麗な祈りの言葉に包まれ、そして慎ましやかな昼食の時間となった。
エメザレに対して言いたいことや聞きたいことが、皆たくさんあるのだと思う。そんな落ち着かない雰囲気は漂っていたが、誰も沈黙を破ろうとはしなかった。ただ、こそこそとエメザレを盗み見ては、自分なりの印象を脳内で完結させて納得しているようだった。
それでもエメザレは動じていない。この世界に自分以外が存在していないかのように、のどかな日常を一人で生きている。
このひとの心はここにない。きっと宇宙とか旅しているんだろうな。
上品な動作でパンをちぎって食べているエメザレを見つめて、そんなことを考えていると、エスラールは虚しい気分になった。
◆◆◆
昼食が終わると、すぐさま午後の訓練になる。カリキュラムは曜日によって異なるが、今日は古新武術の訓練だ。古新には古いものを受け継ぎながらも進化し続ける、という意味がある。古新武術は数千年前からあるが、新しい形を取り入れすぎて、もはや原形があるのはその名前だけという有様だった。
この古新武術は、相手の身体の大きさや力の差を無効化するために考えられた武術である。
エスラールはこの古新武術を大の得意としていた。今でこそ背が高くなって、そこまで気にならなくなったが、ほんの一年前までは先輩方と明らかな体格差があった。だが古新武術はそれを無効にするのだ。見た目の厳つい先輩を打ち負かすのは、訓練とはいえ気持ちがよかった。強くなれば強くなるほどそんな気分が味わえる。だからエスラールは人一倍熱心に、訓練に打ち込んだのだった。
「エスラール、しばらくお前はエメザレと組みなさいね」
古新武術の教官はナルビルという禿げ散らかした壮年で、なんとなく言動がカマくさいので有名だった。武術の教官とは思えないほど細く、可哀想なほど老いぼれて見えるが、ナルビルは奇跡のような強さを持っていた。
ナルビルもガルデンの卒隊者なのだが、はるか昔、ガルデンの在籍中に赴いた戦場でなぜかクマが一匹乱入してきて、逃げ惑う敵味方を尻目にナルビルは手刀一発でクマをしとめたらしい。それが若干十六歳だった。という、そんな伝説を持っていた。
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モドル