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吹雪を掻き消すかのごとく、彼は笑った。もうすぐだ。もうすぐ自分の存在を確立してくれる何かに会えるのだ。不条理な苦しみに対して最も合理的な答えをもらえるのだ。そこに着けば全てが解決する。この得体の知れない罰から開放される。
彼の体は寒さではなく歓喜のあまりに震えた。
空白に支配された記憶の中でその場所だけが美しく鮮明なのだ。

だから彼はまた歩き出した。
寒さの中で皮膚が凍りつき感覚が死に絶えようとも気に留めず、それでも夢中になって歩き続けた。
記憶が無いせいか、それで孤独なせいなのか、彼の心はいつも荒んでおり、どこか追い詰められていて息苦しさに喘いでは、救いを何よりも求めていた。

そう。ここだ。
彼は立ち止まった。どれくらい歩いたのか知れない。相変わらず視界は悪く何も見えないが、確かにここだ。
彼は目を閉じて想像する。
目を開けていてはけして庭園は見えない。庭園はこの世界にはない。この世のものではないから理想郷なのだ。
出現のさせ方を知っているのは、おそらく世界で自分だけだろう。彼はひっそりと優越を感じた。

そして脳は別次元に移行する。そこには寒さも苦痛もない。後ろは水色の雪と黒に近い深い青の空で表される広大な世界が広がり、目の前は晴れて日の光が眩しく温かい、優しい暖色で展開されている。色が感覚を支配する不思議な世界だった。
右側には古き王の巨大な像が立っていたが、その像は時の流れに削られ朽ちかけている。足元には芝生でかたどられた道が続き、果てには花の門が見える。後ろの冬は過ぎてそこからは春になり、小さな白い花が所々自然を飾っていた。
中を浮くようにして、彼は芝生の道を歩いた。あたりは全くの無音。
前を見る。薄く白い服を着、赤い花の冠をつけた美しい女が遠くで微笑んでいる。彼を見つけてその女は手を振った。
女に近づいていく。段々と鮮明になる映像。
女は彼の手を取り隣で笑っている。茶色い巻き毛の美しい人だ。
指をさす。そこには花々で飾られた扉がある。
扉が開く。
この場所こそが想像の理想郷。ラルレの空中庭園。
扉をくぐる、そこにはあるはずだ。美しい映像が甦ってくる。誰もが感動し心を揺さぶられるあの素晴らしき庭が。貧困も飢えも無縁の、全ての苦痛と切り離されたあの神に掲げられし高次な庭園が。そこには。


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