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一面に広がる白の世界は雪の海。
日は暮れていないはずだが、吹雪のために曇り、壮大な雪はいやみなほど白く、不気味に薄明るく、彼の行く手を冷ややかに遮ってはぶつかってくる。
吹雪はひどくなる一方で、息を休める気配はない。
視界は限りなく無いに等しく、方向も今いる場所も絶望的なほどに曖昧で、仕方なく白い世界で彼はたたずんでいた。
だが死を覚悟すべき彼の心にあったのは、説明のしようがない多大な確信だった。


彼には一切、自分についての記憶が無かった。
目を開けたときの、その心細さ。震えてしまうくらいに、あまりにも孤独で恐ろしい。
覚えていたのは不思議なほど鮮明なラルレの空中庭園の場所だけ。
持っているのはたった一冊の日記帳。
その、おそらく自分が書いたのであろう日記を読んで、過去の自分を知ることが出来た。それが彼の持っている過去の全てだった。

 記憶をなくしたのは半年前のことらしい。日記の始めに「お前は寝ると記憶を失うことを忘れるな」と相当大きな文字で書いてある。その他にも「日記を一日の終わりに必ずつけること」「日記帳を絶対に放すな」ともある。
そして「ラルレの空中庭園に行け。行けば思い出す」と書かれており、日記を読むとどうやらその場所に向かっているらしいとわかる。それが毎日繰り返されている。その日記を読む限りでは。


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