少年と同い年くらいに見える少女は、薄暗い図書館の中で少し浮いて見えた。
眉の上で切りそろえられた前髪と、背中の真ん中くらいまで伸びた髪は真っ白。肌も白く、紅い瞳だけがやけに目に付いた。
まるで人形のようだ。人間離れした少女に、少年はただそう思った。こんなに真っ白な人間と今まで会ったことがない。生きているとはにわかに信じ難い少女をただただ見つめるだけしか出来ない。
何も言わない少年を不思議に思ったのか、少女が首をかしげた。それですら少年には無機物のように思えて、さらに口を閉ざしてしまう。
「あなたは、逃げないの?」
「この街からってこと?」
「そう。このまちは、灰がふってもうだめになったって聞いた。ここにいても仕方がないからにげろって」
「……君は? そこまで知っているなら逃げればいいのに」
「わたしは、じぶんの名前さえわからないから。どうこの先生きていけばいいかわからないし、病気だから」
病気。その単語に少年の眉が寄った。もしかしてこの少女は灰が原因で病気になったのではないだろうか。この街から出ない理由として病気をあげているあたり、その可能性は高そうだ。
もしも少女が病気だったなら。少年はそう考えてなぜだか彼女がかわいそうに思えた。本人がそう思っているかは分からないが、少なくとも少年は可哀想だと思った。
灰が原因で起こる病の症状は人によって様々だ。高熱が出てそのまま死に至る人もいれば、じわじわと体内を侵食されある日突然死ぬ人もいる。
病の原因が分かっても、病状自体はよく分かっていない。何が症状を変えるのか。長い間研究されたがついには分からなかった。
この病気は、解明されていないところが多過ぎるのだ。だから少女にどんな症状が出るのか分からないし、あとどれだけ生きるのかも分からない。
当人にすら分からない自分の運命。少年はそれがどうしてもかわいそうでならなかった。
「君の家族はどうしたの? 病気なら、心配してるんじゃないの? 最近は灰がよく降るから尚更」
「分からない。じぶんの家がどこで、家族がどんな人達なのかわからないの。家にもどれないから、わたしはここでくらしてる」
「……。不便じゃないの? もうこの街に人はいない。食料を買うこともできないのに」
「だいじょうぶ。お医者さんがめんどうみてくれる。とてもやさしいひと」
少女はそう言って少し目を細めて笑った。彼女の表情を見る限り、本当に優しい人のようだ。初対面の人間であるにも関わらず、少年は少し安心した。
なぜ安心したのかは、本人ですらよく分かっていなかった。まだ街に人がいた事への安堵なのか、自分と同い年位の人がいたからなのか、少女の面倒を見ているらしい医者が優しい人だからなのか。もしかしたら他のなにかでそう思っただけなのかもしれない。それでも確かに少年は安心していた。
「まだ、あなたがどうしてにげないのか聞いてない。どうして?」
「……細かいことを気にするんだね」
「お医者さんいがいの人と話すの、ひさしぶりだから」
「ふーん……。……僕がこの街から逃げない理由、か。単純な話だよ、ここが唯一家族と繋がってる場所だから」
「家族と?」
「うん。僕の家族は僕が小さな頃に死んでてね、なにもまともに覚えてないんだ。だからせめて、家族が生活のために来てただろうこの街を捨てられずにいるんだよ」
少年の返答に少女は申し訳なさそうな顔をした。そういった理由でないと思っていたのだろう。少年自体は気にしていないことだが、少女には質問したことに対して罪悪感を感じてしまうことだった。
少女の俯いた顔に少年はしまったと思って、少し視線をさ迷わせた。そんな顔をさせるつもりはなかったのだ、ただ質問に答えただけで。少年にはもう普通のことだったため、何の気なしに答えてしまったが、彼以外には少し悲しい話だったかもしれない。
適当な嘘でも言えばよかった。そう思いながら、なぜこうまでして少女に気を遣っているのか分からなかった。
出会って間もない人間に、ここまで気を遣う必要はないだろう。それなのになぜここまで気を遣っているのか。少年にはよく分からなかった。
俯いてしまった彼女にどう言葉をかけていいものか。これまで人付き合いのなかった少年には、この状況で少女に話しかける適切な言葉がよく分からないでいた。
自分が少女が思うほど身の上を気にしていないこと、少女にそこまで気にしないでほしいこと。それらを伝えたいのに、うまく言葉にはできないのだ。
散々悩んだ挙句、少年の口から出た言葉はこんな言葉だった。
「僕はいいんだ、一人で十分だから。君が思うほど、僕の人生は悲しいものじゃなかったよ」
「でも、ひとりはさみしい。わたしもここにひとり、さみしい。ここにあるのは本だけだから」
「君には家族がいるかもしれないし、家族がいないにしても医者がいるんだろう? 一人じゃないし寂しくはないんじゃない?」
「お医者さん、毎日くるわけじゃないから。ひとりでいることのほうが多い。くらいたてものの中、灰がふるのをみてるだけしかできない。さみしい」
少女はそう言って目を伏せた。彼女には嘘をつくという概念がないのか、表情を見る限り全て本心からの言葉に思える。少し幼い喋り方も相まってか、本当に寂しく思っていることが伺えた。
少女の言葉を聞いて少年は思う。また傷付けるようなことを言ってしまったかもしれない、と。
少年からすれば、少女は恵まれていると思った。完全な一人でなく、誰かが面倒を見に来てくれる。親族がこの近くにいない少年には羨ましいとすら思えたのだ。
それでも少女は寂しいと言う。家族や家のことを覚えてないと言っていたが、彼女は恵まれた家の生まれなのかもしれない。恵まれた家では誰かしら少女の近くにいて、寂しさや孤独さを感じずにすんだだろうから。
少年は小さくため息をついてから、すっと右手を差し出した。差し出された手に目をぱちくりさせる少女に彼は言う。
「僕が話相手になってあげる。そうしたら君は寂しくないんだろ?」
「……いいの?」
「やることもないし、時間はたくさんあるからね。この街の最後の住人と過ごすのもいいかと思って」
「……ありがとう」
やっと表情を緩めた少女は、そっと少年の右手をとった。少女の手はやけに冷たく、そしてやけに柔らかかった。
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