今日も、窓の外で灰が舞っていた。
小さな窓から外の様子を見て少年はまたか、とため息をついた。灰色の分厚く重い雲からはらはらと舞い落ちるのは雪なんかではなく、灰色の灰。
いつから灰が降っているのかは分からない。少年の物心がついた時には既に雨や雪のように自然と降っていた。
街へ買い物へ行こうと思っていたのに出鼻をくじかれたような気分だ。少年は空を見上げてため息をついた。どれだけ待とうと灰は降り止みそうにない。
少年は諦めて玄関へ向かい、ドアの横に立てかけてある傘を手に家の外へ出た。
街まで徒歩三十分。晴れていれば自転車に乗って行けたのに。うんざりしながらマスクをつけ、少年は重い足を動かし始めた。
少年は一人で小高い丘の上に住んでいた。親や兄弟はいない。数年前にぱったり死んでしまった。
それを悲しいだとか辛いと思ったことはない。思い出そうにも両親や兄弟との思い出がなかったからだ。
少年にとっては一人が普通で、一人で生きるということが当たり前だったのだ。少年は自分の年を曖昧にしか覚えていないが、おそらく普通なら学校に通っている年齢なのだろう。灰の降らない世界で、少年に家族がいたのなら。
少年の家から一番近い街へついた頃、灰は止んだ。傘に降り積もった灰を落としてから傘をたたみ、街の中を進み始める。
立ち並ぶ建物は煉瓦や石で出来ているが、その大半は朽ち果てボロボロになっていた。ひび割れ、今にも倒壊しそうな建物が少年を迎えた。
昔は活気に溢れる街だったのだ。長年降る灰のせいで謎の病が蔓延し、多くの人を死に至らしめた。少年の家族が死んだのも、灰が引き起こした病のせいだ。
当時は病に対して何もできず、発病すれば死を待つしか出来なかった。今は灰の吸引を防ぐマスクがあるが、街から人がごっそりいなくなった後では無意味なものでしかない。
灰を巻き上げないように気をつけながら、少年はゆっくりと石畳を歩いた。手入れする人間がいないため石と石の間から雑草が生えてきている。深く根を張っているであろうそれは、街がどれだけ人間の手から離れているのかを可視化しているようだった。
「すいません、いつものパンを一つ」
教会の横にひっそりと建っているパン屋へ声をかけても誰も出てこない。店の元々の持ち主はとっくに街の外へ逃げ出している。街に残った人間が勝手にパンを焼いていたが、それももう終わりなのかもしれない。
先週まではパン、焼いてる人いたのに。店を覗いてみても人の気配はない。カウンターに置いてあったのは、売れ残ったのか紙袋に入れられることなくカビが生えてしまったパンだった。
パン屋もなくなってしまった。あの人もここから逃げ出してしまったのか。暗い店の中で少年は落胆して肩を落とした。
街に思いいれがあるからと残る人もたくさんいたのに、最近ではその人達でさえこの街から逃げ出している。もうこの街が空っぽになるのも時間の問題かもしれない。
パン屋を後にして、少年は街の中をフラフラと歩き回った。野菜を売っていたおばあさんがいた噴水広場。卵や肉を売っていたおじさんがいた肉屋。魚を売っていたおばさんのいた元役場。
どこへ行っても誰もいなかった。つい最近までは少年が買い物に訪れれば、暗い顔に少しばかりの笑顔を浮かべて食料を売ってくれたのに。
この街を捨て、どこか灰が病を引き起こさない安全な街へ行ってしまったんだろうか。もしくは、灰に殺されてしまったんだろうか。
そこまで考えて、少年は急に悲しくなってしまった。なにか明確な理由があるわけではない。ただ、今までいた人がいなくなってしまったことがどうしてだか今日に限ってはひどく堪えたのだ。
もう誰もいないなら街に来る意味もない。この街以外のどこかで食料を手に入れなければ。
痛む心を押し殺し、少年はとぼとぼと元来た道を戻り始めた。ここにきても、生きることには繋がらない。生きるために、少年もこの街を見捨てなければならないときがやって来たのだ。
沈みきった心を抱え、少年はただひたすら家を目指した。マスク越しの空気が、降ってきた灰独特の湿った焦げ臭い匂いがする。雲が分厚くなってきたのを見る限りでは、また灰が降るのかもしれない。
急いで帰ろう。出来るだけ灰は吸い込まない方がいい。マスクを通しても、完璧に灰の害を取り除けるわけではない。
家へ向かう足を早めた時だった。いきなり強風が吹いて足元に積もっていた灰を巻き上げた。大量の灰が舞う中、少年は舌打ちをして近くの建物の中へと飛び込んだ。
マスクをしているとは言っても、灰を完全に防げるわけではない。灰が降っているときは風が吹いても顔に付着する灰の量はたかが知れている。
しかし大量に降り積もった灰が舞い上げられれば、どれだけの灰が顔につくのか分からない。目から体内に入ってしまってはどうしようもない。
湿気を吸った灰は重くなり、体の中に留まりやすくなる。街は湿気が多いため街に降った灰は大抵湿り、重かった。
風が止むまではここにいるしかないのかもしれない。少年が溜息をついて周りを見渡してみると、彼が飛び込んだのはどうやら図書館のようだった。
暗く湿った館内に、たくさんの本棚が並んでいる。街を出る人が本を持っていったのか、本棚には大して本がなく、床に落ちている本は何人にも踏まれもう表紙が読めなくなっていた。
「早く風が止んでくれるといいんだけど」
「だれ。このまちには誰もいないと思っていたけど、まだひとがいたの?」
突然聞こえた声。少年が辺りを見渡すと、二階へと続く階段をのぼってすぐのところに白い髪の少女が不思議そうな表情をして立っていた。
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