家の壁に蔦が伝い、ところどころ屋根のペンキが剥げ落ちた小さな家。木の中にひっそりと立つその家は近付かなければそこに家があることにも気付かない。そんなあるかないかの境目にあるような家が少年の家だった。
アンドロイドを家まで連れ帰った少年は、服から出ている部分だけを軽く拭いてベッドへ寝かせた。壊れてしまっているのか、ただ単にスイッチが切れているだけなのか。色々と考えてはみるが、アンドロイドが目を覚ます気配は全くない。
壊れているのなら、また廃棄場へ戻しに行くだけだ。もちろん、宝石を抜いて。
「目を覚ましてくれたら、僕としては嬉しいんだけどな」
少年の独り言は、ただ狭い家の中に消えた。アンドロイドも反応することなく眠り続けている。
自嘲混じりの笑みを口角に少しだけ浮かべ、少年は机に向かった。そして先ほど集めた宝石を少しずつ机の上に出して、僅かな色味の違いでさらに細かく分類していく。
色の違いは、ニンゲンの違いだ。少年を初めとして、宝石の国のニンゲンは皆宝石である。
宝石の国には多くのニンゲンが住んでいた。宝石が自我を持ち、人間と同じような営みを育んでいるのは宝石の国の他にない。なにがあったのか、宝石の国の宝石は人間となんら変わらないのだ。
人間と異なるのは死ぬと宝石になるという点だけ。怪我をしたり、涙を流したりという行為でも流れた体液が宝石に変わる。宝石の国のニンゲンはそういう変わった生き物だった。もっとも、死んだりしたら無機物になるのだから生き物と言っていいのか分からないが。
半分ほど石の分類が終わった頃、布ずれが背後で小さく聞こえた。振り返ってみると、アンドロイドが目を覚まし、少年をじっと見つめていた。壊れてはいなかったようだ。
「目が覚めた? 自分の事、わかる?」
「分からない。ご主人様、ここはどこ?」
「ここは僕の家だよ。宝石の国のね」
宝石の国。少年がそう言うと、アンドロイドは理解出来ないとでもいうかのように首を傾げた。無理もない、元々文明の国で作られた彼女が宝石の国にいるなんてことがおかしいことなのだから。
それでも少し考えた後、アンドロイドは納得したのか首の位置を戻した。そして一言言った、失敗作だ、と。
少年は一瞬アンドロイドの言った言葉の意味が分からなかった。だが失敗作というのが自分の事を指しているのだと気付いて自然と眉尻が下がった。
アンドロイドはさも当然であるかのように自分が失敗作であると言った。だが、そんなことは当然のように言うべきことではない。
おそらく、失敗作という言葉の意味がよく分かっていないのだろう。知識を埋め込まれる前に破棄されたのか、知識は埋め込まれているが接触不良かなにかでうまく動いていないのか。どちらにせよ、アンドロイドが不完全であることは間違いない。
不完全で良かった。少年はほっと息をついた。もしアンドロイドが完全な状態だったなら、少年は殺されていただろう。文明の国に持ち帰られて、小さく切り刻まれアンドロイドの部品になっていたかもしれない。アンドロイドの部品なんてまっぴらゴメンである。
「僕はデルタ。なぜだかアメジストとトパーズの混石ニンゲンなんだ。硬度はトパーズだからちょっと硬めになるかな。君の名前は?」
「名前…SCA-07559508」
「……え?」
「名前、ない。製造番号、SCA-07559508」
アンドロイドーーもといSCA-07559508はデルタをじっと見つめている。自我のシステムも入っていないのか、もしくは回路の接触不良なのか、機能していないようだ。
聞かれたことにしか答えない。アンドロイドとしては致命的だ、失敗作として廃棄されたのもなんとなく理解できる。
それでも、デルタは気にせず話しかける。デルタは嬉しかったのだ。久々に話相手ができて。それが問いかけたことしか答えないアンドロイドのなりそこないだとしても。
「じゃあ君に名前つけてあげる。製造番号じゃ可哀想だもんね」
デルタはそう言ってSCA-07559508に付ける名前を考え始めた。名前をつけてもらう張本人は時折瞬きをしながらデルタを見つめるだけ。
部屋の中をウロウロ歩き回っていた時、一冊の本がデルタの目にとまった。本は宝石の国の童話で、エルという白く長い髪を持った少女が、他のニンゲンのような色を欲しがって旅に出る。そんな話だ。
本の内容を思い出して、デルタはSCA-07559508の名前はエルしかない。そう思った。
エルと同じ長く白い髪。他のアンドロイドにはあるであろう自我と知識がないアンドロイド。自我と知識を欲しがってはいないが、エルそっくりだ。
「ね、君の名前、エルっていうのはどう?」
「エル?」
「そう、エル。嫌?」
「ご主人様がいいなら、私はそれでいい」
「じゃあ今日から君はエルね」
デルタの言葉にエルはこくりと頷く。自我がないため嫌だと言われることはないだろうと思っていたが、嫌だと言われないと言われないでなんとなく強制してしまったような気持ちがする。エルは気にしていないのだろうが、なんとなくデルタの心は晴れない。
それでも、デルタは嬉しかった。ただ純粋に、嬉しかった。ニンゲンではないが、それでも敵意もなにもないエルは彼の新しい友達なのだから。
「エル、これからよろしくね」
「はい、ご主人様」
友達というよりは主従関係の方が正しいかもしれないな。エルのご主人様呼びに苦笑しつつ、デルタはまた宝石へ向き直った。じっと宝石を見つめるエルの視線に気付くことなどなく。
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