岡崎が離婚したということに気付いているのは野口だけらしい。周りが話していることを注意深く聞いてみても、岡崎の話題など全くでない。出たとしても期末試験の話ぐらいなものだ。
友人の話に適当に相槌を打ちながら、野沢はなにも考えずひたすら弁当を口へ運んだ。食べたくないわけではないし、腹が減っていないわけでもない。それでも弁当を食べる気にどうしてもなれなかったのだ。
味のしないおかずや白米を咀嚼しながら岡崎の離婚について再び考えてみる。野口は今まで誰かと付き合った経験がないため、どういう経緯で離婚に至るのかであったり、破局に至るのかということがわからない。
夫婦喧嘩というものもどういったものかも分からないし、自分よりはるかに年上である岡崎とその妻との間に合った大人の事情も分からない。
分からないことだらけだが、それでも離婚してあんな風になんでもないように振る舞える岡崎は異質だと思った。
相手が生きているというのが分かっているから、取り乱すことがないのだろうか。自分が父親を失った時のことを思い出して、野口はなんとなくそう思った。
生きていれば約束が取り付けられさえすればいつでも会える。だから岡崎は悲しんだりしないのかもしれない。二度と会えないわけではないのだから、そこまで悲しむことではないことなのかもしれない。
そう考えてみても、すっきりとはしなかった。少なくとも結婚するまではお互いを愛し合っていたのに、それが他人に戻るのだ。悲しくないはずがないと思うのだが、大人は違うのだろうか。
もし仮に大人が離婚するということに対してなにも感じていないのだとしたら。もし、という仮定で考えた大人というものが野口には悲しくて可哀相に思えた。
誰かと別れることになんの感情も抱かないなんて、悲しすぎる。大人がそんな存在なのだとしたら、大人になりたくなんかない。大人の世界を知らないからそんな風に思ってしまうのかもしれないが、それでも野口は嫌だったのだ。
「…私、美術の提出物間に合いそうにないから美術室行ってくる」
弁当箱を片付けながら普通を繕い嘘を吐くと、友人達に頑張れ、といつもの通りの気の抜けたエールが送られる。
気付かれたくなかった。知られたくなかった。そして、知りたくなかった。だからいつもと同じような言葉が返ってきたことに少なからず安心した野口がいる。
自動販売機で買った、ぬるくなりつつあるフルーツオレを左手に持って、野口は席を立った。学期末が近い今なら、きっと岡崎は美術室にいるだろう。
岡崎に直接聞けば早いだろう。これが自分勝手な行動だと、岡崎のことなどなにも考えていない行動だと分かっていてもやめられなかった。
理由を聞かれても理由は答えられない。これと言った理由が野口にはなかった。それでも、気になってしまうのだ。誰かに話すために知りたいのではなくて、純粋に大人というものを、岡崎を。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -