数年前に戦争が起きたのは記憶に新しい。つい最近終わったその戦争の原因になったのは宗教問題だった。
正教会の女神信仰と、国教会の救世主信仰が生んだ大きな歪みが原因で、勝ったのは正教会についた四国。戦勝国の四国ーーエンパード帝国、ブルアネ王国、ディアフィル帝国、イザイル共和国ーーの物量が国教会側についた国をじわじわと敗北へと押しやり、打つ手のなくなった国教会側が白旗をあげたのだ。
女神の聖戦と後に呼ばれるようになった戦争の後、戦勝国が再び揉め始め、数ヶ月前にとうとう争い始めてしまった。
争いのきっかけになったのは、どの国がどこを植民地として統治するか。四国全てが同じ場所を統治すると主張し、妥協案も見つからなかったために戦争が起きてしまった。
彼らが統治すると言って譲らなかった場所ーーウィルジアは、石炭や鉱物が多く埋まっていると思われる場所。これからの国の発展に欠かせない資源が眠る場所を譲るわけにはいかない。最初からどの国もウィルジアを統治しようと目論んでいたらしい。
彼らがウィルジアを譲らないのにはもう一つ理由があった。ウィルジアには、魔女が住んでいる。その魔女は美しい金髪の少女で、ひどく聡明らしい。そして、聡明であると同時に沢山の財を持っているらしかった。
その魔女も自国のものにしたかったのだろう。頭の良い魔女と彼女の持つ財は国に繁栄をもたらすに違いない。 そんな空想的な、それでも半分現実的な考えがあったようだ。
どの国もウィルジアから手を引かない。いつ切れるか分からない糸がぴんと張ったような状況を破ったのはイザイル共和国だった。
他三国へ宣戦布告をし、軍隊を動かしていた。イザイル軍のトップは頭がいいのかよく作戦を練っており、エンパード帝国、ブルアネ王国、ディアフィル帝国は対策に手を焼いている状態だ。
少しでも気を抜けば負ける。そんな後のないエンパード軍は魔女を頼った。超えてはならない不侵の境界を越えた、霧の森に住む聡明な魔女を。
「エンパードの大佐が私に何の用で? 貴族の生まれとはいえ、大佐殿とお話ができるような立場ではないのですが。それに、ここは不侵の境界を挟んでいるはず。気軽に来られる場所ではないでしょう」
「痛いところをつきますね。これは軍人としてではなく、アーリシュ・ウィッセントの私用……ということなら問題はないでしょう。それに、魔女殿が私と話ができる立場でないということはありません。仮にもしそうなら私はここにいませんから」
「……その魔女というのはやめていただきたい。それに屁理屈を並べても大佐殿のやっていることは戦争を激化させることですよ」
「なかなか手厳しい」
「……私は魔法なんか使えないし、調薬ができるわけでもないのですから。私のことはシルベーヌと呼んでいただけると嬉しいのですが」
「ではシルベーヌ殿、我が国がどうすべきか助言をいただけますか?」
「……はあ」
エンパード帝国軍の大佐ーーアーリシュ・ウィッセントが恭しく頭を下げる。その様子は流れるようになめらかで、彼の育ちの良さがにじみ出ているようだった。
魔女……否、シルベーヌは頭を下げたアーリシュにため息をついたあと、ただ困惑した表情を向けていた。このアーリシュという男、人の話を聞かずに自分の要求をゴリ押ししてくる。
大佐に助言出来るほど、シルベーヌは身分が高くない。貴族の生まれだと言っても、貿易で成功して財を得たいわゆる成金貴族だ。戦争で貿易相手の少なくなった彼女の家は傾き始めている。
今ある財がなくなれば、どの国も掌を返すに決まっている。静かに暮らしたいだけなのに、なぜこうも周りが騒がしいのか。シルベーヌは少しイラついていた。
数年前に家を出ていった姉を待つためにここにいたいだけだというのに、どうして自分が取り合われることになっているのか。考えれば考えるほど、シルベーヌの頭に鈍い頭痛が走る。
頭をおさえたシルベーヌの肩に、緑の髪の使用人が心配そうに手を置いた。休まれますか。使用人の言葉にシルベーヌは小さく首を横に振り、アーリシュへ問いの答えを紡ぐ。
「現段階ではなんとも言えない。私はエンパード帝国軍の戦法も戦力がどれくらいなのかもよく知りません。同じように、イザイル共和国軍、ディアフィル帝国軍、ブルアネ王国軍の戦法や戦力も知りません。知っていることといえばエンパード帝国は資源が豊富故に物量が圧倒的にあるということぐらいです」
「確かに、物量はありますが…」
「物量があるということは、長期戦になれば強いということ。総力戦になれば強いのは貴国だと私は考えますが?」
「なるほど……」
アーリシュは口元に手をやり少し考え込んでいるようだった。的確なことは何一つ言っていないが、これで満足してくれればいいのだが。シルベーヌは表に出さず胸中でそんなことを思っていた。
使用人がポットを片手に持ってやってきたとき、アーリシュは席を立ち再びシルベーヌに恭しく頭を下げた。彼の中では何か戦略が立てられたらしい。
これはほんの私の気持ちです。目を細めて少し口角を上げたアーリシュが机の上に何枚もの金貨を置いた。ほんの気持ちと言っているが、気持ちで片付けられる額をゆうに超えている。
こんなには受け取れない、持ち帰って欲しい。シルベーヌがそう言ってもアーリシュは譲らず、とうとう机の上に金貨を置いたまま屋敷を後にしてしまった。
机の上に鎮座する金貨をどうしたものかと悩むシルベーヌに、使用人がおかしそうに口を開いた。
「お嬢様、頂いてしまえばいいではないですか。勝手に置いていったのですから、どうしようが我々の勝手ですよ」
「ルイ、いつからお前はそんなに厚かましくなった? その金貨を受け取れば私はエンパードに手を貸したことになる、公平ではなくなってしまう」
「お嬢様は難しく考え過ぎですよ。頂けるものは頂けばいいのです。彼らだってお嬢様にいくら貢いだのだから我が国のものだ、なんて言いませんよ。いくらでも誤魔化そうと思えば誤魔化せますからね」
「貢ぐ、だなんてそんな言い方はないんじゃない? 私はお金を持って来いなんて一言も言っていないのだから」
むっとした表情のシルベーヌに使用人ーールイが少しだけ眉を下げて失礼しましたと謝る。シルベーヌはそれを見て怒りも許しもせず、少し冷めた紅茶をすするだけ。
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