人間は、忘れる生き物である。忘れること自体は罪でもなんでもない。ただ、生きていくためには必要なことである。
だが、忘却は時として残酷な結果を招く。人間には忘れてはならないことが必ず数個は存在しているからだ。
「お婆ちゃん、絵本読んで!」
「僕これがいい! これ以外の絵本、全部読み終わったもん!」
「そうだねえ、じゃあ今日はその絵本を読もうか」
白髪を一つにまとめた老婆が、孫が差し出した絵本を受け取り表紙を開いた。絵本の表紙には金髪の少女が描かれていたが、その少女がまとっているものは黒っぽいローブ。まるで魔女だった。
孫達が自分の周りに座ったのを見て、老婆が絵本を読み上げ始める。しわがれた声が紡ぐのは数十年前にあった戦争の話であった。
内容は一般的なもので、いくつもの国にまたがる城に住む聡明な少女――否魔女が、戦争に参加した四国をおもちゃにし、たくさんの人間を殺し楽しんでいたというもの。その魔女は最後、非炙りにされ死んだ。学校の歴史で習う、戦争の話の一部である。
歴史の教科書には魔女が非炙りにされたときの絵まで載っている。魔女は悪虐非道という言葉の似合う、どうしようもない悪い魔女だった。どの歴史の教科書も魔女の説明はそんなものだ。
戦争の記憶を他の世代に残すために。戦争があったという事実を忘れないために。子供向けに作られた絵本にしては少し生々しい内容の絵本だった。
老婆が絵本を読み終わると、彼女の孫から感想がいくつも飛んできた。
「魔女だったは悪いやつだ!」
「先生も言ってたよ、魔女は非炙りにされて当然だって! この戦争の前にも魔女狩りがあって、たくさんの魔女が非炙りにされたって聞いたよ。魔女は悪い奴だから非炙りにされたんでしょ? この魔女だけ非炙りから逃げてたんだから、戦争で非炙りにされてもおかしくないよね!」
孫の素直な感想に耳を傾けていた老婆だったが、絵本を閉じるとその表紙をゆっくりと指でなぞり始めた。その様子は何かを慈しむようで、そして同時に酷く悲しそうだった。
老婆が何も言わない事を不思議に思ったのか、孫が彼女を見上げた。老婆は孫の頭を優しく撫でると、ゆっくりと口を開き、懐かしむように言葉を紡ぐ。
「お前たちはこの先、絵本通りの歴史を学ぶだろうね。この魔女は悪者だったって。でもね、これは嘘なんだ。お婆ちゃんは、この魔女が誰よりも優しかったことをよく知ってる。お前たちに話しておこうかね、本当の魔女の話を」
長くなるから毛布でも持っておいで。その言葉に、孫達は毛布を取ってきて、老婆の周りに再び座った。
老婆は昔を思い出すように目を閉じ、そしてゆっくりと話し始めた。もう知る人の少なくなった、本当の戦争と魔女の話を。
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