彼らの故郷であるイザイル共和国は資源に乏しく、貧富の差が激しい国だった。共和制をとってはいるが、いつも国の指導者に選ばれるのは金持ちばかりだった。
いつまでも良くならない生活基準と、かさむ赤字。加工技術はあるのに材料がないために宝の持ち腐れで、優秀な魔法使いや魔導師もいない。
金持ちでない限り生きていくのが精一杯な国で唯一突出しているのが呪術――呪いであった。
「僕はこの世の全てを憎んでいる、恨んでいる。自分ですらも憎まずにはいられないんですよ。この気持ち、ザハテにならわかるでしょう?」
大きな机に頬杖をついて、少し首を傾けながらウィリアムは問うた。質問のあとにパチンと指が鳴らされて、一瞬ザハテがびくりと体を震わせる。その後人が変わったかのように歪んだ笑みを浮かべ、ザハテはウィリアムを真正面から見つめ、そして笑った。
「俺には理解できないね。俺はウィリアムを憎いと思ったことはねえし、自分を憎いとは思わねえ。表の俺はどうだか知んねえがな?」
「おや、君なら分かってくれるかと思ったんですがね。ザハテの負の感情の塊なんですから」
「ウィリアム、そりゃ失礼だぞ。負の感情の塊じゃねえよ、俺は。ただ憎しみと誰かをかっさばきたいっつー猟奇的なキチガイじみた部分の塊だ。そこんとこ間違えてもらっちゃ困る」
「それでも憎しみの塊であることは認めるんでしょう? ……まあ、憎しみの塊じゃなければ僕に手を貸すわけがありませんね」
ウィリアムはそう言って目を細める。昔からウィリアムのその表情を向けられると落ち着かないザハテは、けっと不愉快そうに視線をそらした。よっぽど面白くないらしく、壁に貼られた地図へ近くにあった万年筆を投げたくらいなものだ。
ダーツのように壁へ突き刺さった万年筆を見て、ウィリアムははあ、と悩ましげにため息をついてザハテを睨んだ。あの万年筆高かったんですよ、使いやすくて気に入っていたのに。恨めしそうに言ったウィリアムにザハテはやはり不愉快そうに視線をそらすだけ。
常にウィリアムの後を追いかけ、少し気弱なところのあるザハテと歪みきった笑みと少し荒い喋り方をするザハテ。
正反対のようだが同一人物で、どちらもザハテの本心であった。
「君が現れてから何年たちましたっけ。今でも気持ちが変わらないのはいいことですが、そろそろ過去の思い出にしてしまったらいかがです? そうでないとラジアもおちおち成仏できませんよ」
「うっせえ! 別に俺はラジアのことを引きずってんじゃねえよ! つか、幼馴染みを魔女狩りでなんの根拠もなく魔女だって殺されて思い出にできるかよ!」
「ザハテは初恋の人でしたし、なおさらですね」
「うっせえって言ってんだよ! 黙らねえとテメェの喉掻っ切るぞ!?」
「どうぞ? できる物ならやってみなさい」
再び目を細めて笑ったウィリアムに、ザハテが常に持ち歩いているナイフを手に、一気に距離を詰めた。ウィリアムは逃げようともせず、椅子に座り微笑みを浮かべたままザハテを見ている。
大きな音を立て机に手がつかれ、机越しにナイフが突きつけられる。ザハテの顔には殺意やら恨みやら辛みやらが混ざったなんとも言えない負の表情が浮かんでいた。
いつ殺されてもおかしくない。そんな状況下でもウィリアムは全く動じず、まっすぐウィリアムを見つめている。もちろん、顔には柔らかな笑みを浮かべて。
「ほら、早く僕の喉を切り裂けばいいでしょう?」
「このっ……!」
少しナイフを動かせば簡単にウィリアムの喉を切り裂くことができるというのに、突きつけられたナイフはカタカタと震えるだけでウィリアムに傷をつけようとはしない。
ナイフを握るザハテの顔には負の感情の他に焦りが滲み始めていた。殺そうと思えば殺せるはずなのに、体が言う事を聞かないのだ。ナイフを動かそうと思っても、突きつけた場所から動きやしない。
――クソっ、表の野郎……!
ザハテが舌打ちしたところで体が動くようになるわけでもなく。力一杯握っていたはずのナイフをウィリアムに取り上げられ、頬に突きつけられてしまった。
「君に僕を殺すことなんて出来ませんよ。裏の君でも表の君でもね。僕に二度と刃物を向けないように。今度向けたらこれだけじゃ済みませんからね」
ぴっと横にナイフが動かされ、ザハテの頬に焼けるような痛みが走った。傷口からたらりと流れ出る血を止めようと傷口を押えていれば、ウィリアムがぱちんと指を鳴らした。
再びビクッとしたあと、ザハテはきょとんとした顔を浮かべ、ウィリアムの顔をじっと見つめる。自分が今までなにをやっていたのか良く分からないようだ。
「ウィリアム、俺なんで頬怪我してるんだ……? それになんで俺のナイフをウィリアムが……」
「なんでもいいでしょう。早く傷の手当てをしてきなさい。血を流しっぱなしで仕事をするつもりですか」
ナイフを返しながら問いかければ、ザハテは慌てて部屋を後にした。医務室にでも手当をしに行くのだろう。
自分以外に誰も居なくなった部屋の中で、ウィリアムは口角を上げ不気味なほど美しく笑った。
――思った以上に思い通りに動きそうですね、素晴らしい。
白のナイトは意のままに動く。黒のキングが手に入るまで、そう時間はかからないだろう。ウィリアムの描いたシナリオ通りにとんとん拍子で全てか進んでいく。
黒のナイトもすぐに墜ちるだろう。そうすれば、復讐を成し遂げられる。長かったシナリオが終わるのだ。
「やっと君を幸せにしてあげられそうですよ、ラジア」
優しい声色で嬉しそうに、幸せそうに呟かれた言葉は誰の耳に届くこともなくその場で掻き消え、霧散した。
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