カツカツと床を靴が叩く音。癖の強いふわふわとした琥珀色の髪が歩く度に揺らぐ。濃い灰色の軍服に身を包んだ彼は真っ直ぐ歩いていく。
自信満々な顔の中でも緑色の瞳と、得意げにつり上がった口元が目立つ。相当な自信家なのだろう。自分のやることに随分と自信があるようで足取りが軽い。今にもステップを踏み始めそうだ。
そんな彼に後ろから声がかかった。振り返った彼に、深刻そうな顔をした男が話始める。
「ウィリアム! お前ちょっとは焦ってくれ……! エンパードとディアフィルにうちの軍はボッコボコだぞ……!? このままじゃ徴兵したってとてもじゃねえけど間に合わない!」
「おや、何かと思えばそんなことですか」
「そんなことって……! お前自分がなに言ってるか分かってんのか!?」
「ええ、分かっていますとも。僕はそう仕向けているわけですから」
「は……!? ウィリアム、頭どっかおかしいんじゃねえの!?」
横髪の長い紫色の髪の男が怒鳴りつける。怒鳴られた男――ウィリアムは不思議そうに首を傾げ、数回瞬きを繰り返したあと溜め息をついてへの字型に口元を歪めた。さっきまでの機嫌のよさそうな顔は一瞬にして消え去ってしまった。
ウィリアムの表情を見て、男がバツが悪そうに視線をそらす。紫色の髪の男はザハテといい、幼い頃からウィリアムを知る数少ない人物だった。付き合いが長いために、ウィリアムが不機嫌そうな顔をする時はろくでもない時だとしっかり学習しているのだ。彼を不機嫌にしたのはザハテ本人だが。
「ザハテ、僕が他人にシナリオを乱されたり、口出しされたりするのが嫌いなのはわかってますよね?」
「わ、わかってるけど……」
「なら黙っててもらえますか。君は僕の指示に従っていればいいんです。そうすれば帝国を潰せるんですからね」
「……そうだな、悪かった」
ウィリアムの言葉にザハテは大人しく引き下がった。イザイル軍の大佐にして、絶対に敵わない幼馴染みである彼に噛み付いても勝ち目などない。それに自分の目的を達成するためならどんな非道で残酷な手段も厭わない。そんな冷酷な面を持ち合わせるウィリアムに歯向かったところで、自分に待っているのは目も当てられないような処遇。
ウィリアムに楯突いて彼に都合のいい、使い捨ての駒にされた人間をこれまで両手で数え切れないほど見てきた。どれだけ優秀でも、どれだけ富んでいてもウィリアムの前では意味をなさない。ウィリアムを怒らせればその後の人生は転落しかない。自分はそうはなりたくない。ザハテを踏み止まらせるのはただそれだけだった。
「君は僕の言う通りに動けばいいんです、何度も言ったでしょう? 何度かは君であって君でない君に言いましたが」
「最後のがよく分かんねえけど、まあ何度も言われたのは認めるけどよ」
「ならそろそろ学んでください。全く……君は昔から物覚えが悪すぎます。この馬鹿げた戦争の目的はちゃんと覚えてますよね?」
「それはちゃんと覚えてる、それだけは心配しなくていい」
「どうだか。君の心配しなくていい、は心配なことこの上ないです」
ため息とともに再び足を動かし始めたウィリアム。ザハテは慌ててその背を追う。ウィリアムよりザハテの方が身長が高いため、なんだかおかしな図に見える。
一番端の日当たりの悪い部屋へ入り、机へ書類を放り投げ、椅子へ体を投げるようにしてウィリアムは腰をおろした。相当疲れているのか、背もたれに体を任せ、首がちぎれて落ちそうだ。
小さな机と椅子が数脚。それから本棚が一つと、たくさん書き込みされた大陸の地図が一枚。机の上には封筒や書類が種類別に置いてある。
光の入らない、湿ったような暗い部屋がウィリアムに割り振られた部屋だった。大佐に割り当てられる部屋にしては粗末かもしれないが、ウィリアムはこの部屋を随分と気に入っていた。
「……ウィリアム、僕と君は目的のためなら何を犠牲にしても構わない。そうですよね」
「ああ、そうだけどいきなりなんだよ。言わなくとも、それだけは変わんねえよ」
「一応、ですよ。計画のために一人、処分されかけていた奴隷を拾いました。東の大陸の女性奴隷です。軍に迎えますが問題はありませんね?」
「は……!? ちょ、待ってくれ、女奴隷を軍に迎える……!? どういうことだよ、俺にもわかるように説明してくれ!」
「ただの駒ですよ、魔女を処刑するためのね。言うなれば僕もザハテも、僕の計画のための駒です」
平然と言ってのけたウィリアム。血も涙もない言葉に悪寒がした。ウィリアムは本気で計画を実行するらしい。
なんと答えればいいか分からず、ザハテは机の上へ視線を逃した。何をみようと思ったわけではない。それでもぴたりと止まった視線の先には少女の写真が飾られていた。
少女の写真を見た瞬間、ザハテの胸がぎゅうぎゅうと締め付けられた。例えるなら心臓をテグスで締め上げられているような。そんな痛みがじくじくと続く。
ここまで来た以上、後には引けない。ウィリアムと共に、知らない間に階段を駆け上がるつもりで底なし沼に沈んでいた。
きっと浮び上がれない。計画を成功させてもきっと。それをどこかしらで分かりながら、ザハテはただ黙っててウィリアムの後ろに立っていた。
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