今日の朝の目覚めは良かった。久しぶりに朝食を食べれたし、朝はうるさい天馬にも会わないで済んだ。教室につけば狩屋と輝が話しかけてきてくれて、といっても純粋に話し掛けてくれるのは輝で、狩屋はなぜかからかい口調だが憎めないのでまだ楽しい朝が迎えたのだと思った。すると、扉が開いてまた嫌になるほどの笑顔がやってくる。

「おはよう、みんな! 今日も元気か!」

(よくもまあ、そんな毎日毎日あきもせずにテンション上げて)
 京介は唇を尖らせながら、机に肘をついた。そして彼が教壇に立つと同時に体ごと横に向ける。昨日の出来事を思いだし珍しく機嫌が良かった京介も、さすがに見ただけで機嫌は悪くなった。昨日、京介が被害を訴えたというのに謝罪もなく、円堂は教室に入ってからは京介に目すら向けようとしない。注目されないのはありがたいが、さすがに無かったことにされるのは腹立たしかった。
 朝のSHRが終わり、次は移動教室なので京介は急いで教科書を探していると、机の目の前に誰かが立つのが見える。待ってくれるのは輝か、とお礼を言おうと顔をあげたとき自分を見下ろす目はそんな優しいものではなかった。教科書を机に叩くように置くと、彼を睨み付ける。

「そんなにらむなって。これでも反省してるんだ」
「ふ、どこが?」

 嘲笑いながら京介が言ったが、円堂の笑顔は消えなかった。そしてすたすた歩くと扉まで行き、気付かなったがそこで待っていた輝に先に行っていていい、とお得意の笑顔付きで指示をする。輝は戸惑っていたが京介もこの場に輝がいて話を聞かれても困るのでアイコンタクトをすると、輝は慌てて廊下を走って行った。
 さて、と円堂は京介に向き合うように京介の席の前の机に尻だけ乗っけると腕を組む。次はなにを言われるかと京介も自分の椅子に座ると、円堂の笑顔はやっと消えた。

「あいつら、サッカー部辞めさせた」

 そして円堂は前のめりになり、京介に手を伸ばす。あまりに自然な動きに京介は逃げることすらできなかった。ゆっくりと京介の頬に指を絡ませ、まるで骨格を確かめるかのように撫でる。そうして京介が抵抗すると、円堂は眉尻を下げて言葉を紡いだ。

「今日校長に言ったらお前を、期待の星になに手をだしてるんだ、って怒ってた。だから、あいつらをやめさせたらどうですか、って言ったらいいね、だってさ。だから安心してサッカー部きていいぞ。本当に申し訳なかった」

(なにを、言っているんだ)
 京介の思考は止まる。京介が考えていたこととは正反対のことが起きたのである、動揺しないはずがない。円堂は自分を気に食わないためにあんな仕打ちをしたのだとばかり考えていた。京介が暴力を訴えても京介よりも気に入っている部員たちを庇いなんの対策もとらないと決めつけていたのである。だが、どうだろう。円堂は京介の身を按じ奴等を退部させたといった。退部させたのは、嘘ではないと思う。だが、なぜあんなに可愛がっていた部員たちを退部させたのか理由がわからない。
(まさか、本当に俺に嫌がらせする気なかったと)
 そうなのだとしたらとんだ勘違いだし、決めつけていたのは謝ってすむ問題ではなかった。先輩から睨まれたのは円堂のせいではなく、恨まれやすい自分のせいなのである。京介はなんて言っていいか分からなかった。ありがとう、か、ごめんなさい、か。もはやどちらも言ってしまおうかという気になってくる。なにも言わずにもごもごしていると、円堂が一歩前に歩みだすのが見えた。京介は動けないでいると、円堂は背筋を良くしたかと思えばすぐに頭を下げる。京介はその意味が分かり、すぐに円堂に近寄った。

「円堂監督、」
「本当にすまなかった、と言って剣城の気が済むかわからないが。許してくれ」
「監督」

 もういいです。
 京介は自分の言ったことに目を見開く。頭を下げることを止めさせようと声をあげたのに顔を見せない円堂に混乱し、許しを出してしまった。このまま無視して教室から出ていってもいいのに、この、円堂の顔をみて本当に謝罪をする人間にしか見えなくなってしまい、無視するのに抵抗を覚えたからである。裏があるのではないのかと疑ってきた以上、ここで彼の表情をありのまま受け止めるのは間違った行為だ。わかっていながらも、今の彼に裏があるとは到底思えなかった。
 京介の呟きを聞いて、円堂はやっと顔をあげる。そうして嬉しそうに、顔を綻ばせるのだ。京介とて円堂に意地悪したいわけではない。そんな顔をされては、やっぱ許すのは無しなど言えるはずもなかった。居心地が悪くなり、机の上に出ている教科書の端をいじくりながら円堂から目をそらすと、授業がはじまる鈴がなった。

「あ、引き留めてごめんな」
「いえ」
「とりあえず、これからもよろしくな。また俺をムカつくことあったら遠慮しないで言えよ」

 本心から言っていない気もするが彼があまりにも優しい顔をするので、京介も頷き返事をする。すぐに教室から出て、授業へと向かった。円堂は教室に一人取り残されたわけになるが、京介が出ていったことを確認すると京介の机を撫でて目を細くする。

「あいつも所詮」



 放課後になると今日もサッカー部が待っていた。円堂の配慮で先輩たちと絡むことはなく、狩屋と輝とでのびのびサッカーをすることができる。輝は初心者に等しいがやる気はあるし、狩屋に至っては京介よりは下であるが反射神経ははるかに上回っておりボールを取られそうにもなった。この選手と対等に並べるサッカーをすることが、京介にとって幸せなのである。ぽろり、と笑顔を溢せば、二人もつられて笑顔を見せた。
(友達、か)
 京介はひっそり友達の幸せにも浸っていると、そこへ円堂が来る。朝のこともあるので気まずいが、前のように悪寒を感じることはないので黙って指導を受けてみることにした。今までたてをついてきたので初めて指導を受けたが、受けてみて彼は最高の指導者と実感する。円堂は実技だけでなくメンタル面でも選手たちを支えていた。お前ならできる、と背中をおしてくれる。そのおかげで部活が終わるころには、心なしか、輝も大きく変わっていた。京介は避けていたことを考えると、もったいないことをしたと思う。こんなに素敵な指導者を敵としてみていたのだ。

「剣城、どうした」

 帰っていく部員のなか、円堂のことを考えていた京介はひとりで立って円堂を見つめており、そんな京介に円堂は苦笑いする。京介は慌てて首をふった。

「いや、あの、別に」
「そうか、ならいいけど。あ、そうだ。せっかく家もとなりなんだし、もしよかったら一緒に帰らないか。夕食奢るよ。今日はひとりで外食する予定だったし、剣城が良ければだが」

 どうだ、と言う円堂はまるでデートにでも誘うかのように照れ笑いをする。家が近いと言う話が出て周りを気にするが、部員たちはすでにグラウンドから出ていっていた。自分がよほど円堂と話していたのかと思うと、はずかしくなる。

「遠慮しときます」
「遠慮すんなって! いますぐ支度するから、着替え終わったら裏門でまっててくれ」
「いや」

 断ろうとした時には円堂はもういなかった。行動が早いのは今に始まったことではない。
 京介が着替え終わって自転車を引きながら裏門に向かうと、円堂も同じタイミングできたので門を出た。歩いていると円堂は、ちらり、と京介を気にする。京介がなにかと目を向ければ、円堂が少し口を歪ませた。

「疲れてるよな、自転車引こうか?」
「平気です」
「じゃあ鞄もつ」

 言いながら肩に掛けた鞄に手をかけるので、びっくりしてしまう。たしかに昨日のことでサッカーするだけで節々が痛み、今、それを引きずっていたので気遣いは嬉しかった。円堂は京介を女の子のように扱うので、どうも居心地が悪い。

「いいですって。俺男なんでこれくらい平気です」

 にらみながら言えば、さすがの円堂も手を止めた。そしてきょとんとした顔から目元に手を置くと、喉を鳴らしながら笑い始める。いつものように作った笑いではなく、腹から笑っている様に京介は首を傾げた。円堂がそうか、と納得しながらお腹をかかえる。

「ホントにいいな、お前は。らくだよ」

(これは誉められているのか)
 気を取るのが当たり前の円堂にとって、今の京介のように断る者はいなかったので円堂は久々に何もしなくていいという自由を手にいれた。改めて京介に興味がわく。だが、こんなことで剣城をイイやつだとは思わない。京介もそこら辺の人々と変わらず、円堂の仮面に気付かず優しさに甘えるのだ。
 さて、そんなことを円堂が考えているともしらない京介は自分の当たり前のことを言っただけなのに誉められた意味がわからず、クエスチョンマークを浮かべながら歩き続けた。
 レストランにつき席に案内されると、円堂は気前よく京介になんでも頼めなんていってくる。部活後であるしお腹が減っているが、奢ってもらう立場なものでわがままはいけないだろうともやもや考えていると円堂の携帯が鳴り円堂は席を立った。鳴った瞬間咄嗟に画面を見た京介は、表示された名前をみている。ご丁寧にフルネーム記入な名前は一目見ただけで女の人だと分かり、彼女だろうかと考えた。
(だとしたら、俺、邪魔だよな)
 ぼんやり考えながらも目の前で踊る多数のメニューに目を輝かせる。節約しようとしていたし、兄と住んでいた時も迷惑はかけたくなかったので外食は久しぶりだ。頼もうか迷っていると1分もたたないうちに円堂が帰ってくる。円堂がメニューを広げたのをみて、京介は膝の上で手を握りしめた。

「監督」
「ん? なんだ」
「今の彼女ですか。俺、邪魔なら帰りますよ」

 メニューで今にもヨダレが垂れそうな顔を隠しながら円堂に言う。すこし後悔しているが、やはり監督から個人的に奢ってもらうのはどうかと思ったからだ。ハンバーグから目をそらそうとすると、メニューをひょいと取り上げられる。やはり帰るのか、と内心ガッカリしていると円堂はすぐに笑顔を見せた。

「お前は気使いすぎなんだよ、子供なんだから大人に甘えないとかわいくないぞ」

 ほら、何にする?
 優しい声をかけられ、京介の肩が揺れる。親しくしない方がいいのはわかっていた。彼は何を考えているか分からないし、彼といると周りの目はいいものとはいえない。だが、一度いい人なのではと思うと、剣城もむやみに疑うことは出来なかった。なにより今、京介は大好きな兄から離れていたため、年上の彼の優しさに甘えたかったのだ。
(もうどうにでもなれ)
 京介はやけくそになりながら、メニューももう一度広げる。円堂も一緒に選ぶのを見て、懐かしい感覚に心が揺れた。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -