「剣城、今日部活来るよな?」

 SHRが終わったばかりでまだ生徒たちもバラけていないのに、円堂は教卓に手をつきながら京介に話しかけた。部活に入ってから一週間、円堂のいやがらせとも思える贔屓により京介がサッカー部の期待の星であることを知らない者はいなくなる。
 円堂の問いに、京介は黙って頷いた。その態度に円堂を好きな女子たちは生意気だ、とか、無愛想だとか京介をさんざんに言うが京介はただ無視している。中学の頃に聞きたくないものは聞き入れないという技は修得した。腕を組みながら窓の外を眺めていると、机を誰かに叩かれる。嫌がらせかなんかかと京介がそちらに目を向ければ、そこには狩屋と輝がいた。

「お前らか」
「お前らかってひどいじゃん、剣城クン」
「見てください、僕らもサッカー部入ったんですよ!」

 入部届けに顧問のはんこが押してあるのを見せてくるのでよかったなと言えば、輝はかわいらしい顔で笑う。狩屋も強がってはいるがどうやら嬉しいようで、目はキラキラと期待でみちあふれている。京介はそれが新鮮で、思わず笑った。そんな京介を見て、二人は顔を見合わせる。

「やっぱ笑ったほうがいいですね」
「うーん、たしかに。仏頂面は見てて怖ぇもん」

 いつしか言われたことをまたにやにや笑いながら言う二人に、京介は顔を真っ赤にした。うるさいと頭を殴れば、涙目になりながら二人仲良く黙る。もう笑ってやるかと思うが、なぜか、頬が勝手にほころぶのだ。
 そして放課後、部活にいくと、狩屋と輝は別の練習らしく京介とは離される。また、ここで円堂がなにか含み笑いをしたのを見て、嫌な予感しかしなかった。それでも黙ってなんの練習をするのか待っていると、円堂は京介に向かい合うとにこりと笑った。

「いまからこいつらがお前のボールを取るから、お前はそれから逃げろ」

 言いながら、円堂は京介にボールを渡す。こいつらとは前を見れば、そこには先輩と思われる体格のよい5人が立っていた。一目見ればわかる、彼らは自分をよく思ってはいない。
(潰す気か。どっちにしろ、あいつらに当たらなければいい)
 パワーで勝てないのならば自信のあるスピードで勝てばいい。触られないように逃げ回れば怪我することもないだろう。ここで文句をつければ回りが黙っていないことは目に見えていたので、京介は頷きながらボールを地面に転がせた。すると円堂は、違うと手をふる。なんだと思えば、円堂はまた笑いながら言った。

「お前らは他の場所だ。そうだなぁ、あそこなんてどうだ?」

 指した場所は中庭だが、庭と言えど校舎の影になっており人目につきそうにない場所である。京介は口元をひきつらせた。そしてまた、前の男たちに目を向ける。彼らは笑って、ボールではなく京介を見ていた。



「ちっ…下手くそ共が。」

 京介は舌打ちしながら、湿った土を掴む。爪に土が入る感触がきもちわるいが、悔しくて握りこぶしを緩めることはできなかった。
 あの後あったことは、決してサッカーの練習とは言えないもので。京介がボールを蹴った瞬間、彼らのスピードは早くないので京介が避けられないものではなかったが、抜かそうとしたときいきなり出てきた足は気づけなかった自分がいけなかった。そのまま地面に顔面から突っ込み、京介はすぐに立ち上がろうとしたが、背中に足がめり込むのがわかる。スパイクは痛いのだと、いまさら思い知らされた。それから時は遅く感じられ、前と同じように蹴られて、立てなくなる。殴られることはさすがになかったが、サッカー選手のキック力といえば手をも越えるもの。
 そして、いま。もう立ち上がれない足に、苛立ちを覚え地面にやつあたりしているというわけだ。円堂はなんのために自分と彼らだけにしたのか。彼らが自分に暴力しても、彼らの力にはならないし、サッカーもうまくならない。円堂はやはり自分のことを憎いのでは、と思い始めた。
 それより、身体中がいたくて仕方がない。起き上がれないわけではなかった。だが、この状態で戻っては狩屋や輝に見られる。心配させてはまずいと、なかなか帰れずにいた。とりあえず保健室にでもいこうかと上半身を起き上がらせると、背中がピリリと痛む。アザになっているのだろう、優一と一緒に住んでいなくて良かったと心からおもった。

「何しているんだ」

 誰もいないはずの中庭に張りつめた声が響く。ゆっくり声がした方向を見ると、そこにはコーチの豪炎寺がいる。そういえば最初会ったきり、会うことはなかった。一週間経ってから来たということは、週1しか来ないのだろうか。なにも言わずに分析していると、豪炎寺は眉間にシワを寄せ、また同じ質問をした。京介はさすがに返事しなかったのはいけないと思い、急いで返事をする。

「体を休ませてました。」
「部活は」
「俺の練習メニューがここだったんで」
「お前の練習メニューは?」
「いや」

 上手く誤魔化せると思ったが、豪炎寺の嘘を許さないと言った目に京介は言葉をつまらせた。
(このまま言うと、めんどくさいしな)
 きっと練習メニューを言えば豪炎寺は前のように円堂に注意するだろう。最初助けてくれたのはすごくありがたかったが、また助けてもらうのは気が引けた。なによりまたコーチに頼ったなどといえば、先輩が黙ってはいないだろう。ならばこの事は言わないほうが良かった。京介は責めるような豪炎寺の顔に、なにも言えなくなる。
 しばらくすると押し黙り何も言わない京介に、豪炎寺は降参したようで、立てるか、とだけ聞いた。その声がひどく優しかったので、やはり優しい人なんだと確信する。頷きながら立ち上がると、豪炎寺はもんくも言わずに京介の体を支えた。

「一人で大丈夫です」
「いいから。」

 有無は言わせないといった態度は前とは変わらない。だがそれすらも何故か安心した。言葉に甘えて保健室へと連れて行かれるとそこに保険医はいない。豪炎寺が呼んでこようとするので、さすがに引き留めた。すると少し苛立ちを隠せないようなかおでこちらを見る。
(なんでこんな顔で見られないといけないんだ)
 内心ビクビクしながら自分で治療できます、と強ばった声でいえば豪炎寺は京介をソファーへと座らせた。そして救急箱や湿布を取ると、テーブルへ置き、京介と向き合う。まさか、と思っていると豪炎寺がユニフォームに手をかけた。京介はその手を必死につかみ拒んだ。

「自分で」
「じゃあお前は背中の傷も治療できるのか」
「背中に傷なんか、ないです」
「先ほど触れたら、顔をしかめたのは気のせいだな」

 答えは知っているのに、問いかけてくる豪炎寺は冷静である。京介がうなずくと、豪炎寺はため息をついた。
(ため息つくくらいなら構うなよ!)
 豪炎寺のあきれたような態度には、ちくちくと傷つけられているのが本音で。出来れば構ってほしくない。震えそうになる拳を握ると、豪炎寺は立ち上がった。

「分かった、治療は任せた。今日はそのまま帰りなさい」

 その言葉に京介は目を見開いた。絶対に譲らないとでも言うかと思ったが、案外そんな気もないようだ。豪炎寺はじゃあな、と京介の肩を優しく叩くとそのまま姿を消す。京介はぽかん、となりながら、豪炎寺の背中を見送った。
 彼はきっと、京介の嘘を見抜いている。だがそれを大々的に京介を責めるわけではなかった。京介が気付いてほしくないと考えている以上、知らないフリを突き通すようだ。彼の考えは京介からしてみればありがたい。心配をしてもらうのは嬉しいが、面倒事は避けたいので一目見ただけで分かる人望の厚い彼に近寄りたくはなかった。
 豪炎寺を分析しながら、京介はいそいそと自分の治療に取りかかった。保険医が来ても怪我の説明が面倒なので、慣れた手つきで治療していく京介の手順の良さは、何度か経験しているからこその早さだった。
 一通り終わると、京介は早々と着替えて重い足を走らせる。早く学校から抜け出さなければ、狩屋と輝にあってしまうかもしれないからだ。出来れば心配はさせたくない。自転車置き場まで行くと、京介は自転車に股がった。

「帰るのか」

 一番聞きたくない声が、京介を呼び止める。京介は振り返ることはなくペダルをこごうとするが、無視かよ、と少しばかにしたような声がしたので腹が立ち振り向いた。そこには予想通り、笑顔の円堂がいる。
(まったく、ムカつく笑顔だ)

「なんか用かよ」
「こら、敬語は」
「あんたに使う敬語なんてない。」

 完全に盾をつく京介に、円堂はあきらめたように笑った。その笑い方が見下しているようで腹が立つが、わざわざ反応するのも気がひけた。
 黙っていると、円堂が京介の腕をひっぱる。掴まれたところに怪我がないといえど、さすがによろけると円堂の胸に飛び込む形になった。気色が悪いので離れようとすると、円堂の手が腰を撫でる。そしてそのまま、ズボンに入っていたワイシャツを上に上げると隠していた背中を軽々と見せつけた。京介が驚いて離れると、円堂がつぶやく。

「背中、どうした」

 その声に、心配など含まれていなかった。ただ、どうしたかということが聞きたかっただけのようだ。こう仕向けた本人が聞いてくるので本当に白々しいものだが、京介は怒りのあまり口を開く。

「あんたのせいだろ」
「俺のせい?」
「あんたが俺を嫌いだから、あいつらとだけの環境用意してボコらせたんだ。なに白々しいこといってんだよ」
「手、出されたのか」
「ああ、そうだ」

 この時の京介は冷静ではなかった、というのが適切だろう。京介は事実を肯定すると、円堂をにらんだ。

「これで満足ですか、監督」

 精一杯の嫌味をこめて自転車をこぐ。京介は円堂が後ろから自分を見つめていることくらい知っていたが、振り向くつもりはなかった。ただ、早く帰りたいと思いながらペダルをこぐ。円堂はただ見ているだけだった。



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