次の日も授業は行われず、学校の設備の説明や2、3年との顔合わせで学校は終わった。すぐ帰ろうと思ったが、生憎京介はやらなければならないことがある。放課後、職員室の前に立ちながら入部届けを見つめながら顧問が来るのを待った。
(別に話す必要はない。ただ押し付けて帰ればいいんだ)
 とにかく円堂とは話したくないのだがサッカー部には入らないといけないので、なんとか自分に言い聞かせてここまでやってきたのである。まだかまだかと足を組み替えながら待つ京介に、おい、と声がかかった。下を向いていた京介が上をみると、そこにはあの苦手な担任兼顧問が立っている。

「あ、あの」
「やっと出しに来たか。昨日来るかと思ったのに来ないし、朝は目すら合わせないし、どうしたのかと思った!」

 なにも言わなくともわかっていたかのように、京介の手から入部届けを取ると綺麗な笑顔を浮かべて京介を見た。まるで知り合いかのような言いぐさに京介は驚きつつも、自分は推薦であったことを思い出す。
(そういえば、ここの校長が俺を気に入ってくれたといってたな)
 校長が注目しているサッカープレイヤーならば、サッカーの顧問は話に聞いていただろう。だから俺を見ながらサッカーを語っていたのか、とどこかで思った。長話になるのも嫌だったので、職員室へ入っていく円堂に背中を向ける。もう話すこともないだろう。京介は鞄を持ち直すと昇降へ逃げるように行こうとしたが、いきなり首がしまり進めなかった。後ろをふりむくと、円堂が笑っている。

「なんですか」
「ポジションはどこ希望だ?」
「…FW」
「そうか。じゃあ早速見学にいくか」

 円堂は決定事項のようにそう言うと京介の腕を掴むので、京介はいやとは言えなかった。これは無理矢理に近いものであるが、円堂の笑顔には選択肢すらうかがえる。だが、まるで京介が拒否しないと言わないと分かっているようだった。それすら京介は分かって、尚更昨日会ったばかりの男をまた嫌いになる。
 グランドに着くと、2、3年が試合をやっていた。人数はざっと数えて30〜40人。さすがサッカーで有名な高校といえよう。円堂はそんな大人数が集まるグランドの真ん中にたつと、大きな声で言った。

「1年の剣城京介、彼は有望なプレイヤーだ。ここにサッカー推薦で入った。1年だろうと、才能があればレギュラーにする。1年にレギュラーを取られないように気を引き締めろ!」

 円堂の言葉に、選手たちの返事で空気が揺れる。共に京介を品定めするような視線の多さに、京介は目眩がした。このような扱いには中学の時もされていたので、慣れていると思っていたが何せ人数が違う。
(嫌がらせ、されないと良いがな)
 まるで他人事のように、京介は思った。中学の頃は中学生とは思えないサッカーの技術に、顧問もコーチも唸らせたものだ。だが、残念なことに京介は愛嬌がない。指導者を魅了する才能があっても、他人から認めてもらう力は持ち合わせてはいなかった。
 あれくらいのサッカーでよくレギュラーになれたものだな。顧問になにか媚を売っているに決まってる。
 散々言われた言葉が頭に甦り、自分の腕の皮膚が取れてしまうのではないかというくらいつねる。だが気分は優れなかった。はやくグランドの中心から抜け出したくてたまらない。助けを求めるようにとなりの男を見上げても、士気が上がったことが嬉しいのか、円堂は笑って選手を見返すだけだった。
(まずい、)
 京介が口に手を宛がった瞬間、手の鳴る音がする。選手たちや京介、円堂もそちらに目を向けた。そこにはスッとした顔立ちに、赤いスーツを着た男が立っている。円堂は少し笑顔を歪めたが、誰にも気づかれないうちにすぐ笑顔を取り戻し男に近寄った。

「コーチ!」

 円堂の言葉に選手達はすぐに頭を下げる。男は腕を組みながら、回りを見渡した。

「何をしてる、試合はまだ終わっていないだろう。続けなさい」

 鋭い目が、一瞬にしてその場を凍らせる。そして選手のなかにいたキャプテンマークを掲げた1人が返事をすると、集まった者たちは一気に散らばった。京介もそそくさと逃げたかったが、円堂の大きな手に阻まれ失敗となる。

「なんだよ、豪炎寺。今日は来ないって言ってただろ。」
「予定が変わった、明日がこれなくなったんだ。だから今日来た」
「ふーん、そうなのか。連絡1つ寄越せよ」
「それはすまなかったな。だが、それよりも円堂。お前は入ったばかりの1年を見物にする趣味はあったか?」

 親しく話していたと思えば、豪炎寺と呼ばれたコーチは円堂に嫌味をぶつけると京介に目を配った。円堂は苦い顔をしながら、そんなつもりは、と手を振る。だが豪炎寺はまるで信用していないかのように、円堂から京介を離した。

「ここの管理は任せた。俺は彼と話がある」
「…分かったよ」

 円堂は困った顔をしながら、豪炎寺に従う。豪炎寺はその返事を待つこともなく、京介を引き連れながら出口へと向かった。京介は豪炎寺の背中を必死に追う。彼は京介を助けてくれたようであるが、話があるといっておきながら一言も口をきかないまま校門へと送り届けた。京介は戸惑いを隠せないが、またあそこに戻るのは真っ平なので一応お辞儀をして、背中を向ける。彼もまた、そんな京介を見てグランドへと戻っていった。




(疲れた。)
 京介はあの後自転車を全力でこいで家に着くと、息切れも隠さず床に大の字に寝そべる。今日の出来事を思いだして、ただ浮かぶのは周囲の目。
(昔を思い出す。本当に最悪だ、吐き気がする)
 京介はスライドショーでも見ているかのように、昔を思い出していた。まだ心が幼い京介を襲ったのは、妬んだ者たちの言葉だけではない。
(辛い、いや辛くはない)
 才能がない奴が妬むのは仕方ないことだ、と片付けてしまえば意外に吹っ切れた。いや、吹っ切れたと思い込んでいるのか。どちらにしろ、京介は怯えているだけではサッカーは出来ないと思った。だから、高校では目立たない程度に、心からプレイを楽しもうと思ったのに。笑顔が貼り付いたような、円堂の顔を思いだし、手の平に爪が食い込み血が滲むほど握りしめた。
 そんなとき、階段をのぼる音が京介の耳に届く。先ほど秋と天馬が帰るのは見たし、ここの階にのぼるのは二人の他に京介と、隣人の他にはいなかった。たしかに尋ね人である可能性もあるが、隣人という可能性のほうが高いだろう。扉を開けようとすると、隣のドアが閉まる音がした。やはり予想は的中、足音の招待は隣のひとである。
 昨日は遅くに帰ってきたのが分かったが、時間が遅かったために断念したが、まだ時刻は夜の7時を回ったばかりだ。いまがチャンスだと、綺麗に保存してあった菓子を紙袋に入れて扉を開ける。すぐ隣のインターホンを鳴らし、深呼吸をした。住人が出てくるまで少し長いので、滲んだ名前のプレートに目を凝らす。だが、やはり読めなかった。長年住んでいるのだろうか、それにしても名札が無いとは不便では。余計な事を考えていると、足音が近くに聞こえる。鍵を開ける音がして、やっと出てくると顔を上げると、そこには今日嫌と言うくらい見た顔がそこにあった。

「え円堂先生」
「うぁ、剣城??」

 お互い名前を呼びあって、しばらく瞬きをしていたが、すぐに京介が後退りする。
(なんでこいつがここに?!)
 理由はひとつしかないが、京介は信じたくなかった。言葉すら選べずに、京介は持っていた菓子を前へ突き出した。そして逃げようとすれば、円堂はその菓子を受けとると呑気に隣の部屋を覗きこんだ。

「そういえば空き部屋が埋まったって聞いてたけど、剣城だったのか。」

 ご丁寧に菓子まで。と、さっきまで驚いていたのは嘘かのように、また笑顔を見せる。
(こいつは笑顔しか見せない)
 それが腹立たしいと思うが、もうどうでも良くなった。とりあえず、京介は1つ分かった事がある。
(俺は相当ついていなようだな)
 目の前でもう菓子を開けて食べている大嫌いな人間を見ながら、京介はため息をついた。



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