目を覚ましたらいつもならば、優一の作った料理の匂いが漂ってくるはずなのに今日はしない。腕を伸ばすと、こつんと何かにあたった。そこには、段ボールの山があって、京介はあくびをしながらお風呂場へと向かった。
(そうだ、引っ越したんだった)


 お風呂から上がったあと、インスタントのカップラーメンを食べて、学校へと通う。学校は自転車で20分もすれば着くのだが、今日は入学式だ。着なれない制服が堅苦しくて、自転車も楽ではない。途中転びそうになりながらも、どうにか登校した。
 自分のクラスを確認するために昇降口の先輩に話しかける。京介の着崩した制服が気にくわないのか、態度はすこぶるよろしくなかった。たしかに、京介は一見不真面目に見える。京介も真面目に見られたいとも思っていないし、中学のころから友達と呼べるものもいなかったのでまわりからの好奇の目には慣れていた。
 自分が一年間使うであろう教室に入ると、まだ緊張感がはりつめた空気である。きっと友達ができるかふあんなのだろう。京介には当然関係ないので、真っ先に自分の席に座ると顔を突っ伏した。
 しばらくして、鐘がなる。普段ならばこれが授業のはじまりを示すのか。だが、今日はきっとSHRの知らしだろう。たしか案内していた先輩には担任が来るまで待てと言われていたのでおとなしく待っていると、いきなり大きな音を立ててドアが開いた。皆、驚き慌てているとドアからは、笑顔の男が入ってきたのが見える。

「あ、すまん、びっくりしたか? ここのドア立て付け悪いから思い切りやったら壊れちゃった」

 照れわらいしながら歩いてくる男はきっと担任、どんな怖そうな怪力の先生が出てくるかと思いきや、まぬけな先生が出てきて京介は拍子抜けした。周りは笑っているものもいたので、これから空気が良くなったのだろう。彼が続けて話すたび、緊張は徐々に解れていった。そのあとすぐに体育館に移動して入学式をしたが、彼のおかげだろうか、京介のクラスだけ初めてとは思えないほどリラックスをしている。ほどなくして入学式は終わり、また教室に戻って彼と対面した。時間が余っているようで、彼は自己紹介をすることにしたらしい。
(円堂、守)
 京介は、黒板に書かれた担任の名前をみて、ただ喧しいやつだと思った。なにより暑苦しいし、めんどくさそうとしか印象にない。となりの席の女子は面白そうな先生と円堂を誉めていたが、京介はこのクラスになったことが嫌でしょうがなかった。
(こういう担任は、だいたい絆を大切にしようとするよな。それが面倒だ)
 俺は一人で良い、一人がいいんだ。
 睨み付けるように円堂を見ると、円堂はたくさん居る生徒の中、京介の目を見て言った。

「俺はサッカー部の顧問をしてて、まぁサッカーが大好きだ。みんな、少しでも興味あったらサッカー部きてくれよ!」

 みんな、と言っているのに京介には自分に言っているように聞こえて、嫌気がさした。言われなくてもサッカー部に入らなければ折角スポーツ推薦で入り引っ越しすらしたのに意味がなくなる。
(ただ顧問がこいつ、ってことはイヤだけどな)
 腕を組みながら、京介はため息をついた。それをみて、円堂は笑った。

「サッカー、やろうぜ!」



 面倒なHRも終わって疲れきった京介は、自転車に跨がるとすぐに家に帰る。家には迎えてくれる人もいない、ポットからお湯をマグカップに注ぐと紅茶をつくり香りに癒されながらテレビをつけた。まだお昼なのでつまらないトーク番組ばかりで、テレビをけす。すると、同じタイミングで携帯が鳴った。
『学校どうだった、朝食は食べたか? 昼食は何にするつもりなんだ』
 優一からのメールで、心配性な兄ならではの内容である。京介は昼食なんて考えてはいなかったが、優一が心配しないように適当に繕いながらメールを送った。そして数分後には、安堵のメールが届く。
(ひとりくらしって、大変だな)
 当たり前のことだがぐー、と情けなく鳴るお腹をさすりながら、孤独に思った。優一からもらったお金を見つめながら、どうやりくりするか考えようとした瞬間、インターホンが鳴る。待たせてはいけないと走ると、そこには見知らぬお姉さんが立っていた。首をかしげていると、彼女ははじめまして、と笑う。

「昨日は天馬がお世話になりました。私、天馬と一緒に住んでる秋っていいます。」
「あ、ああ。はじめまして、剣城京介です」
「天馬から聞いてるよ、高校生で一人暮らしなんて大変だね。だから、お裾分け。」

 目の前に差し出されたのは美味しそうな匂いを漂わせているタッパの数々。色々なおかずが入っているであろうそれは、今の京介には救世主であった。

「…わざわざすみません」
「いーえ。なんか困ったことあったら言ってね。まだまだ子供なんだから、頼りなさい」

 優しい言い方ではあったが、母親のような言い方になぜか安心をおぼえる。秋を直視できなくなって目をそらすと、秋は照れてるのだと分かり少しわらって帰って行った。
 京介は唸る腹を黙らせるために、さっそくタッパをあける。美味しそうな料理に丁寧に添えられた割り箸をさした。口に運ぶと、優しい味が口に広がった。
 ただ思い出すのは、たった一人の兄弟。

「にいさん」

 弱音を吐くように、兄の名を呼んだ。




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