この日が来てしまった。

「剣城、まだ円堂と付き合っているだと。どういうことだ」

 いつかバレて聞かれるとも分かっていたが、こうやって聞かれるのは怖すぎる。今日は豪炎寺が来る日、分かっていたがその分今日は円堂が遅れると連絡が入った。円堂から変に豪炎寺の耳に入る前に、自分から言っておくつもりだったのにもう耳にしたようだ。練習が始まって早々豪炎寺は京介が体調不良を訴えたなど嘘をつき無理矢理グランドから出し、此処おそらくサッカー部員以外来るはずのないロッカー室へと連れて来られる。いままで豪炎寺に無表情か、優しい顔しか向けられたことのない京介にとって今の形相は怖がる他なかった。
(あの、おしゃべりめ…)
 言った人物など円堂しかいない。京介は事をややこしくした人物に腹立ちながらも、口を開いた。

「別れようと言われました。が、俺からまた付き合いを申し出ました」
「剣城、お前」
「はっきり言うと、俺は円堂監督がまだ好きです。なんであんな最悪な人、って自分でも思いますが俺はあの人じゃないとダメなんです」

 はっきり述べると、豪炎寺の仏頂面は驚いた顔に変わる。豪炎寺はいい人だ、先輩から襲われた時も助けてくれたのは豪炎寺で、恩人とも言える。だが、今、円堂に好かれたいと必死になっている京介にとってこの状況は一秒でも早く抜け出したかった。
 前に、豪炎寺を優しいと言っただけで円堂はいきなり、京介に別れを告げたことがある。その事を考えると、京介にとって豪炎寺と二人きりで部活を抜け出しているこの状況、円堂に見られて別れを切り出されるのではないかと怯えていた。
(やっと円堂さんに近付けているんだ、根拠はないけど、少しずつ)
 それを、邪魔されたくはない。心配してくれている豪炎寺を邪魔呼ばわりするのは失礼過ぎるが、京介にとって常識や道徳など関係なかった。どれだけ、円堂が最悪なものだろうと、偽の愛情だろうと、京介を孤独からすくい上げたのは他でもない円堂なのだ。
 揺るがない京介の瞳に、豪炎寺はため息をつく。

「何を言ってもダメか」
「もう俺らのことはいいですから、それより俺といると円堂監督によく言われませんよ」
「そんなこと、どうでもいい」

 今まで遠くの壁に寄りかかって京介を捉えていた豪炎寺は、前へ前へと進んで京介に近寄ってきた。もちろん、京介は円堂にキスされたりするまでそういった、経験はなかったのだが一度すれば雰囲気で相手が自分に何をしようとしているのか、くらい分かる。分かりたくもないのだが。

「ご、ごうえんじさ…」
「あいつのどこが好きなんだ」
「え、いや」

 近づいて来る顔に京介は必死になって顔を逸らしながら、豪炎寺の答えを考える。顔が熱くなりながらも、手を強く握って頭を片付けた。

「や、優しいところとか」
「あれはまやかしだ。」
「たまに、優しい目を見せるところとか」
「それくらい」
「…え」

 豪炎寺は京介に、口付ける。

「俺が、責任とるから。円堂と別れてくれないか」

 京介は時が止まったが、暫くして豪炎寺の腹に一発蹴りを入れた。まさか腹に来るは思っていなかった豪炎寺はさすがに飛びはしなかったが、お腹を抑えながら後ずさる。かなり苦しいようでその隙に京介は逃げ出した。すると、豪炎寺に呼び止められる。後ろを振り向くと、彼はこっちを向きながら泣きそうな顔をしていた。
 キスをされた、彼に。それなのになぜだろう。彼からは全く愛を感じられない、そう、豪炎寺は京介を好いているわけではない。ならば、なぜ。京介は逃げ出したい気持ちを耐えて、豪炎寺に疑問を問いかけた。

「豪炎寺さん、貴方は何がしたいんですか。俺のことを好きってわけじゃないでしょう」
「…俺は」

 言いかけた時、遠くで円堂の元気な声が聞こえる。集合と声を掛けたのだろう。抜け出したことがばれないように、京介はあの輪に入ることにした。

「失礼、しました」
「まっ…」

 待ってくれ、と言われる前に京介はその場から逃げ出した。自分は豪炎寺の何を知っていたのだろう、けれど、彼は自分の味方だと思っていた分悲しさが溢れた。
(最近の大人は男相手に簡単にキスをするのか)
 円堂もそうだが、豪炎寺まで。
 円堂がこちらに目を向く前に、違和感なくグランドに入った京介はサッカーボールを見つめながら考え込む。口の感触が嫌で、少し噛み締めた。すると後ろで輝が、肩を叩く。

「体調は大丈夫なんですか」
「ああ、心配かけた」
「剣城くん最近へんだなあ、体調悪いっていうよりなんかあったー??」
「べ、べつに」

 狩屋が疑ったような目つきで見てきて、剣城はギクリとした。狩屋がわかるなら、あの勘の鋭い円堂は気付いているのでは。剣城はちらり、と円堂を見ると円堂はやはりこちらを見ていた。目を逸らす前に、円堂は怖いくらいの笑顔で笑う。

「そこ、私語は練習終わってからにしろ!」
「「「は、はい!」」」



 京介は家に帰ってきてから、暫く考えていた。唇を指で掠めれば思い出す、あの感触。豪炎寺には悪いが、一言で言えば気持ち悪い。円堂とするキスとは違い、自分の体も心も拒否しているのが分かった。
 部活が終わってからも円堂に話しかけられなかったことは幸運である。いつも何かしら話しかけてくる円堂だが、京介は円堂と普通に話せる自信もなかった。そこでまた勘繰られて、別れる、なんて言われたら、どうしたらいいんだ。

「なんなんだ、くそ」

 豪炎寺の事が分からない。円堂もそうだが、探らせる気もない奥底に眠る光と闇。じぶんにどうしろというのだ。
 明日も早いしお風呂に入るか、と思ったときインターホンがなった。京介は肩が跳ねる。
(まさか、円堂さん?!)
 夜になって調味料がないから貸せだの、コンビニ行くから付き合えだの最近は良くあることだった。それは本性を出してからの行動だったので、気を引かせるためではなくただ単に円堂が素直に頼っているようで少し嬉しかった。だが、今は来て欲しくない。京介は居留守を使うべく、息を殺した。
(早く帰れー!)
 するとドアがノックされ、向こう側から声がする。

「剣城ー、いないのー? おかしいな、帰って来たと思ったのに」

 高校生だというのに、高い声。すぐに誰だがわかって、剣城はドアに走る。そしてドアを開けると、目の前には天馬が驚いた顔をして見ていた。京介は壁に手をかけて天馬を見る。

「出るの遅くてすまん」
「ううん、いてよかった! これ秋姉からのおすそ分け!」

 あきの作ったものはいつも美味しいし、バイトから帰ってきて自炊する余裕がない時などにはありがたかった。京介はそれを受け取ると、冷蔵庫に入れる。そうして、部屋を振り返りふと思いだした。この前一緒にサッカーの練習した時にタオルを借りて、洗ったまま返してなかったので剣城は慌てて袋に入ったタオル取る。

「いつもありがとう、秋さんにも伝えておいてくれ。そうだ、天馬この前借りてたやつ…」
「あ、ありが…わあ!」

 天馬は自分でドアを足で開けていることを忘れて手を伸ばした天馬は、足が引っかかり前へ倒れこんでしまった。剣城は反射的に天馬を助けようと手を引っ張るが、天馬も反射的にその手を頼りに引っ張ってしまう。そうしてお互い引かれたまま、剣城は天馬の下敷きになり、玄関へと倒れこんだ。

「う、うう」
「つ、剣城、大丈夫?! ごめん、今退…あれ頭痛いの!? 打ったのかも、見せてみて!」
「だ、大丈夫だって」

 近所迷惑だからあまり騒ぐな、と言おうとするがやはり打ったようで少し手で押さえる。すると、天馬がその手を掴み指された場所を撫でた。

「腫れてるかも、ごめん、剣城」

 そうして反省した顔をする天馬に剣城は許すしかないのだが、その前に馬乗りされた状態に体を捻らせる。もしかしたら背中を打ったかもしれない、起き上がれずにいると天馬は相変わらず心配しながら剣城の上から退かなかった。

「いいから、どけ。」
「あ、そうだよな、いまど…」

 天馬がそう言った瞬間、開いたままのドアの向こうから階段を上る音がする。京介の頭には一つしか浮かばなかった。秋さんはおすそ分けをくれるくらいだから今も部屋で天馬と夕飯を食べる帰りを待っているのだろう、そしてその天馬はここ。俺の部屋は俺しか住んでいない。じゃあ、上がってきているのは、来客者か。いや、それより、可能性の高い人がいる。
(円堂さん、かもしれない!)
 豪炎寺にあんなことをされた手前、剣城は天馬に下心がないといえど少し敏感になっていた。自分がどうされる、ということに関してではない。円堂がどう感じるか、だ。剣城は急いでこの状況から回避しようと、バタバタと暴れる。

「天馬、早くどけ!」
「そんなこと言ったって、靴紐が引っかかってっ、剣城いきなり立たないっ」
「いいから、ぅわ」

 先ほどより大きなどすん、という落ちる音。当然昇ってきた者は音がした、ましてや開いたままのドアを覗くしかないだろう。そこへ顔を覗かせたのは、やはり、一人しかいなかった。

「…なにやってんだ、お前ら」

 呆れた円堂が覗いていた。



 あの後、天馬はひたすら剣城に謝り帰って行き、タオルも無事返すことも出来た、が今もまだいる円堂の表情が無表情に近いことに京介は何も話せない。すると、今まで剣城と目を合わさず座っていた円堂がいきなりこちらに目を向けた。

「まああの天馬のことだし、あんな押し倒してるみたいになったことは偶然だって話、信じてやらなくもない」

 今まで不穏な空気だった京介は顔をあげて、円堂を見る。信じてやらなくもない、つまり今は信じてるということ。正直このあと何を言われるか怯えていた京介にとって、この言葉は嬉しかった。
 そんな感情が顔に出てしまった京介に、円堂は口を噤む。円堂にとって人の表情を読むのは簡単なことだった。だが、京介の表情を読むのには少し深読みしなくてはならない。彼は、感情を隠しやすい。きっと、兄に迷惑かけまいとするからか。こんな表情丸出しの京介を見て、円堂は何故か嬉しくなった。

「なんだ、別にお前が倒されても嫉妬するほど子供じゃないぞ、俺は」
「分かってますよ。でも勘違いされたらやだし」
「ふ、そっか。じゃあ俺は帰ろうかな。あ、醤油借りてくぞー」

 そうやって笑いたち上がる円堂の背中を見ながら、京介の胸は針で刺されたような痛みが走る。忘れられない、豪炎寺からのキス。
(どうしたら、いいんだ。)

 ただこの真実が円堂へ伝わらないことだけを願いながらも、正直に彼に言えず本音を埋めて行く自分に嫌気がさした。




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