それは、なんの変哲もなくいつもの様に行っていたストレッチの時間だ。その時に、皆の柔軟性を見ていた円堂が京介の硬さを見兼ねて体重を掛けながら、徐々にほぐしていたときのこと。足を広げて前屈をすると円堂は自分の胸を京介の背中に押し付けて、後ろから体重を掛けていた。すると、円堂は京介の耳に口をつけて言う。

「今日暇なんだけど、良かったら俺の部屋来るか?」

 京介は黙って振り向くとそこには円堂の笑顔。何度この笑顔に翻弄されたことか。だが、この前レストランに行ってから一週間、部活や授業以外で会っていなかったので正直この誘いは嬉しかった。頷きながら前を見直すと、円堂はまた柔軟に取り掛かる。京介は顔色を変えなかったが、内心ドキドキしながら体操をした。



「おじゃま、します」
「おお」

 分かりやすく緊張している剣城に対して、円堂は自分の家なので靴を雑に脱ぐと部屋に入る。円堂の部屋はイメージと違って一言で言えば殺風景。京介の部屋ほどではないが、必要最低限のものはおいていない。ただキッチンは普段から使っているのか、綺麗に片付けられているも使われているのが分かる。自分の部屋とイメージがかぶって面白く思っていると、円堂はソファに座りながらテレビを付けて服を部屋着に着替え始めた。なんの違和感もない、日常風景だ。だが京介は円堂の日常に紛れる自分が恥ずかしくなり、部屋の入り口で止まってしまう。円堂はそんな京介に気付くと面倒くさそうに手で京介を招いた。そんな態度しなくてもいいじゃないか、思いながらもいそいそと部屋に入る。
 よく考えてみれば何故いきなりお泊まりなのだ、この前誘われた時は円堂は京介をからかっていたのでいく気はしなかったが今回は悪意が感じられなかった。だからと言ってのこのこついてくるのはどうかと思うが、京介は一日居れるということが嬉しい。やはり学校、部活、ワンシーンだけで過ごすだけでは彼を知るに時間が足りなかった。だからこそ、この時間がチャンスだと思う。
(俺完全この人にのせられてる気がする)
 分かっているのに、逃げようとしないのはまた見放されるのが怖いから。豪炎寺との一件、円堂のあの顔はもう見たくないし、なによりあの顔はさせたくなかった。京介は自分が愚かだと分かりながら、ソファには座らずソファの前の床に座ると円堂に肩を叩く。何かと思い振り向くと円堂はテーブルの上にDVDを何枚か出して、京介を見た。

「明日休みだし夜通しでDVD見ようかと思ってんだけど、どれから見る? 言っとくけど全部俺が見たいやつだから見たくないは無しな」

 京介は反論しようとしたが彼に口で勝てるとは思わないので黙ってDVDを眺める。恋愛ロマンス、感動もの、ホラー、アクション、アドベンチャー様々あるがとくにどれも見たいわけでもなかった。
(恋愛ロマンスだけは、見たくないな)
 円堂のことだ。いちいちこちらの顔色伺って馬鹿にしてくるだろう。だとしたらこのアドベンチャーなど良いではないか、映画には興味無かったがこれは有名で半年前に迫力が凄いと噂になったのを覚えている。何も言わないで指で指すと円堂は笑った。

「おっ剣城良いチョイス!」
「はあ」
「さて映画を選んだとこで、ちゃちゃっと晩御飯作るから待ってろ」
「え」

 京介が声をあげると円堂は首を傾げる。そりゃ円堂も男といえど京介のようにおすそ分けやカップラーメンだけではやっていけないので、人並みにご飯は作れた。だが京介の円堂のイメージは毎日女を連れて作らせるイメージ。腰が軽い円堂に驚く。そんな京介の考えていることが分かったのか、円堂は不満げに京介を見た。

「教師は低賃金なんだよ、自給自足じゃなきゃやっていけないの」
「毎日日替わりな女の人に作らせているイメージが」
「お前俺をなんだと思ってんだよ」

 あながち間違っていないだろう、京介が円堂を見上げると円堂は勝手に思ってろ、と拗ねた顔をする。京介は動きを止めた。
(な、なんだ、このくすぐったい感じ)

「円堂さん、手伝います」
「いいって、いいって。剣城は練習で疲れてるだろ。そこで休んでろよ、俺の特製料理作ってやるから!」

 この空気に耐えきれず立ち上がるが、円堂は京介の肩を抑えてソファに座らせる。円堂が機嫌が良いということもあるのか、いつもの馬鹿にした感じもなく、そのまま素。例えば京介が白竜や天馬など同級生を見ているような感覚だ、大人だと思わせないはしゃぎっぷり。いつもの円堂でも十分魅力的だが、あの、誰にだって作り笑顔な円堂がのびのびしているのは接していて気持ちがいい。
 数分ほど、つけたままのテレビを見ていると白いお皿に盛り付けられたサラダとスパゲティが出された。
(か、カルボナーラ?!)
 おしゃれな料理に固まっていると、円堂はおぼんを片付けながら京介を見た。

「なんだ、嫌いか?」
「いや、びっくりしただけです」
「はは、よく言われる、このギャップで女を落とすんだけど」
「あんたな」
「あっはは冗談だよ、ほら見るぞ」

 そういってDVDを用意した円堂は京介の隣に座り、わくわくした目でテレビを見る。好奇心旺盛なその瞳にまた子供っぽい一面が見えて、こんな事にもドキドキしてしまった。
(円堂さんは俺に本気じゃないけど、一日この人を独占出来てるって思うと嬉しい)
 いつも鳴りやまない携帯電話、円堂も鳴らずともいつも手離さないが今日はベッドの上で静かにしている。それも円堂の数多い彼女の姿を匂わさないで嬉しかった。始まった映画に円堂はすぐ釘付けになり、内容が面白いからか京介も見入る。
 暫くして出されたご飯も食べ終わり、映画も中盤に差し掛かったところ京介は普段からの疲れからか眠気が襲ってきた。明日は昼からバイトだ。早く寝る必要もないが、週末になると疲れがどっとくる。うつらうつらしている京介は今の幸せを堪能したいがために必死に睡魔と戦っていた。だが、それに気付いた円堂は呆れたようにため息をつく。

「眠いのか?」
「んー、いえ」
「いえじゃないだろ、完全眠そうじゃん」

 顔を振り断固として認めない京介に、円堂が京介の首にするり、と手をかけた。そのまま引っ張られる京介はされるがままにソファに倒れこむ。円堂も後ろに寝転ぶと、京介を包み込むように後ろから抱きしめた。狭いソファに男二人。京介がまだ小柄なので収まっているようなものだが、窮屈である。京介は身をよじらせながら、円堂の腕の中から抜けようとした。

「あーもうバタバタ暴れないでくれ!」
「やです、寝ないんで離して下さい!」
「やだ。いいから黙ってここにいろ。俺が見たいだけだし、寝てていいから」

 京介は落ちてくる瞼に耐えながら、寝ぼけているからか、頭に浮かんでくるものを口に出した。

「せっかく泊まってるのに寝たらもったいないだろ。あんたと、もっと、話したい」

 そう言うも眠気に勝てずすぐに京介は目を瞑る。そしてすぐに寝息を立てる京介に、円堂はただひたすら固まっていた。
 別れたくない、好きだ、と京介が言ってきたのにはびっくりしたがそのあともあまり変わらなかったので、気の迷いかと思っていたが、こうやって素直に話されると驚きも超える。今まで様々な人間と付き合ってきた中、色んな言葉を掛けられたこともあったがこんな感情になったことは無かった。

「ほんと、あったかい」

 起きない程度にまた強く抱きしめると、目の前の子供の体温を確かめる。誰とも変わらない、ただの一人の人。なのに他の人と違って、円堂の心に残る。
 円堂は確かめたかった。円堂は自分の付き合っている相手が自分以外に好意を向けるのが一番腹が立つ。だからこそ遊んでいる相手でも他に気になる相手がいると分かると、円堂は興味が無くなりすぐに捨てていた。だからこそ京介が豪炎寺に好意を寄せていると思い込んだ時、これまでの円堂では京介に興味はなくなるはずである。だが、夜考えれば考えるほど寝れなくなった。美人の女を取られたわけではないし、子供を取られただけなのになにをムキになっているのか。一人に翻弄されているのも、そのあとも京介の言葉に流されるまま付き合い続けているのも悔しかった。だから今日は一日一緒にいて、京介への感情を片付けたかったのに。

「無防備な顔しやがって、…たく」

 ここで手を出さないのは円堂が京介に本当に興味ないからか、それとも臆病だからか。答えは円堂しか知らないが、誰からも邪魔されないために、携帯の電源を消すほど彼との時間を大事にしている事から答えはわかりきっている。円堂は京介の肩に顔をうずめながら、自分の気持ちと戦っていた。






 
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