「今日部活お休みなんでしょ!」
「…」
「じゃあさ、一緒にサッカーしようよサッカー!」
「…」
「ほら、早く着替えて、行こう!!」
「…まず歯磨きして来て良いか」

 部活もない日曜日の朝、7時。昨日はバイトの後に、また遅くまで内職をしていたので今日はしっかり休むつもりだった。だが、残酷にも鳴らされるインターホン、しかも一秒も立たないうちにドアは何回も叩かれて剣城剣城と何度も呼ばれて起きざるを得ない。そして出れば笑顔の天馬がサッカーボールを抱えてにこりと笑うのだ。顔を洗って歯磨きをした京介は、軽いジャージに着替えてマイボールを持つ。つま先を床に叩きながら靴をはき、ドアを開けるとそこにはさっきと一ミリも違わない天馬がたっていた。

「…行くか」
「うん! あー、念願の剣城とサッカー出来るなんて嬉しいよー、早くしたいねー! よし河原まできょうそ…」
「もう黙ってくれ…」

 眠気からくる頭痛に悩みながら京介は呟くと、天馬はまた笑顔する。よほど嬉しいようで、スキップし出すのだからなんとも言えなかった。
 こんな眠い時に、部活でもないサッカーなんて、いつもなら断ってたと思う。だが松風天馬別名サッカーバカ、彼とは前から一緒にサッカーをして見たいと思っていた。実は京介も念願の天馬とのサッカーなのだ。恥ずかしいからか、京介は天馬に言わないが、天馬も京介がサッカーをやりたがっていることは知っている。共に、疲れていることも知っているので、今日は長くても一時間くらいか、と彼の体を気にしていた。京介はあくびしながら昨日のメールを思い出す。帰ったらあいつが来るまで寝てよう、たも頭を巡らせた。



 インターホンが、鳴らされる。京介は起き上がり時計を見ると時刻は午前10時。天満と遊ぶのは少しだけのつもりだったのだが夢中になってしまい帰ってきたのは結局9時すぎ。体を休めるために横たわるだけのつもりが、爆睡していたようだ。しまったと思いながら起き上がり、ドアの鍵を開けて見ると目の前には久方の友人がいる。京介は首を鳴らした。

「久しぶりだな」
「ああ、久しぶり。本当に一人暮らししているんだな。」

 感心したようにいったのは、剣城の中学からの友人、白竜である。中学の頃は誰ともつるんでいなかったが、 白竜とだけはサッカーで繋がっていた。いわば友人と言うよりもライバル同士で周囲よりかけ離れた実力派の二人。そんな二人は、チームの中では浮いている存在であった。卒業した後から会う気は無かったが、ある日町ばたで会ってしまい、もともと仲が良くないので話すつもりも無かったのだが、白竜が思い出話を始めたので京介も付き合ったところ気が合ったということだ。卒業したと言うこともあってライバル視もなくなり、中学の時にあった二人の棘は無くなったからか。
 そして、今になり連絡を取り合っていて、たまたま部活の休みが合った今日会うことになったのである。

「汚いとこだが、上がってくれ」
「お邪魔します、って、想像通り殺風景というか…。もっと物を置いても良いのではないか」
「お前にだけは言われたくない」

 前に白竜に部屋に上がった時のことを思い出して、京介は笑った。その仕草を見て白竜も笑い、その様に京介は首を傾げる。

「なんだ?」
「いや、電話した時は元気がなかったのでな。なんか会ったのかと思ったんだが…元気そうで何よりだ。」

(その電話の前に、円堂監督と言い合ってたから元気無かったなんて言えないな)
 唯一の中学からの友人に同性と付き合っているなんて言えるか、と京介はもんもんと考え、苦笑いしながらお茶を出した。白竜はところで、と話を変える。

「恋人は出来たのか」
「ブッ…!! っ、ゴホゴホ」
「む、剣城、大丈夫か!」

 すすっていたお茶を吹いた京介の背中をさすりながら、白竜が言うがこうなったのは他でもない白竜のせいだ。京介は口をティッシュで拭き取りながら、息を整える。白竜を睨むと、白竜は不思議そうな顔をした。
(こ、こんなこと聞いて来る奴だったのか)
 白竜もある種のサッカーバカで今まで話した話はサッカーの話ばかりで、たまに世間話をするといったところである。なので、いきなり慣れない話をされるのは戸惑ってしまった。京介は一番の思春期、中学では友達がいなかったためこんな話はしたことがない。だが、ここで照れたことを悟られれば恥に繋がると考えた京介は、平然を装って白竜に話しかけた。

「すまん、ちょっと熱くて…。それより、恋人? いきなりだな」
「高校生にもなれば話はこれしかないだろう。で、どうなんだ、恋人!!」
「え、あ、いや。」

(あれは恋人とは言わないだろう)
 言い合いしたばかりの円堂を思い出しながら京介は目を逸らす。いないものをいると嘘ついて意地を張っても意味がないので、京介はすぐに首を振った。

「いないが」
「ほう、そうか、良かった!」

 良かったってなんだよ、と言いそうになったが食いつけば気にしている事がバレる気がして口をつぐむ。解説をするわけではないが、良かったと言う事はきっと白竜も相手がいないのだ。
 安心すると同時に思う。こうやってたわいもない話を、ツラツラと話せるのはきっと今のところ白竜ぐらいだろう。そんな友達がいる素晴らしさに気付き、京介は嬉しくなった。いきなり微笑んだ京介に、白竜はなんだと不満げに見る。

「何故笑う!」
「いや、俺は恋人いなくても充分幸せだな、と」
「幸せ?」
「ああ、だってお前と言う理解者、まあ友達がいるし、こうやって話し合えてるのも…」

 そこまで言って京介はハッと口元に手を当てた。自分が言っていることが今更恥ずかしくなったということもあるが、他にも理由がある。
 白竜はかなり自己評価の高い男なのだ、褒めればそれはもう面倒な事になるだろう。どうにか皮肉を言ってやろうと考えを巡らせながら白竜を見ると、いつも自慢げな笑みは顔からなくなっていた。あるのは、真っ赤に染まった余裕のない困った顔。
 京介は思わず、白竜の顔を覗き込んだ。

「白竜?」
「な、なんだ!?」
「顔、赤いが…」
「気のせいじゃないか、ああ、もうこっちを見るな!」

 ムキになって暴れながら京介から逃げる様に、京介は思わず笑ってしまいそうになるが、笑えば彼のプライドを傷付けてしまいそうで心の中で止めて置く。やはり、幸せなのだ、自分は。
 また明日から学校や部活、バイトも頑張ろう、と自分に言い聞かせていると白竜が口を開いた。

「俺は、好きな人がいる」

 なにかおやつでも出そうと棚を漁っていた京介は止まって白竜を見る。白竜は胡座をかいて京介を真っ直ぐな眼差しで見てきたので、逸らして下を向いた。
(やっぱりこんな堅いやつでも好きな人は出来るのか。)
 黙って棚を漁って適当なお菓子を皿に広げると、皿をテーブルの上に出すが、白竜はお菓子に目もくれず京介を見つめる。

「前から見ていたがその時はライバルや友達ぐらいにしか思わなかった、だが最近恋愛で好きということが分かったんだ。これ以上に側に居たいと守りたいと思った者はいない。だから、俺はあいつと一緒の気持ちになりたいと思ってる」

 風がないのに、吹いた気がした。
 京介の瞳いっぱいに白竜が映し出される。恋をしている彼はとても綺麗だった。

「ふ、そうか。叶うといいな。」
「…ああ」

 白竜がお菓子に手を伸ばし食べたしたのを見て、京介はお茶を飲む。少し白竜が羨ましい、こんな真っ直ぐで素直に恋心を抱けるなんて。
(白竜に比べて俺は…)
 頭に浮かぶのはどうにも悪人顔の円堂で、京介は首を振った。あんな奴を好きという感情で片付けてはいけないのだ。

 あれやこれやと話しているうちに日は暮れて、時計を見れば午後5時。家も遠いということもあり、白竜は帰るようで支度を始める。玄関を開けて見送る時に自分に襲うのは孤独だった。
 いきなり一人になるのは寂しいもので、京介は表面に出さずとも悲しむ。それを読み取った白竜は、小さく笑った。

「今度近いうちにまた来てもいいか」
「もちろんだ、待ってる。今度は泊まればいい」
「そうだな、そうしよう。話し足りないしな」
「あ…」
「お泊まりか、ダメだろ、剣城」

 了解の返事をしようとした時、ドア越しにした声に京介は頭を抱えたくなる。適当なサンダルを履いて外に出てドアを閉めて階段を見れば、ちょうど階段を上がってきていた円堂と目が合う。円堂が笑ったのと同時に、白竜が噛み付くように言った。

「貴様、誰だ。貴様に指図される覚えはない。」
「ん、あるぜ、なあ、剣城?」

 二人の鋭い目が自分を刺すように向けられて、剣城が息を飲む。ここで言い訳をすれば円堂の気を害し、付き合ってた云々を言われるに違いないし、それは無駄な足掻きでしかなかった。白竜、唯一の長い付き合いの友達に自分の恥を知られるのは気が狂う、それだけは避けたい。京介は考えた末、白竜の肩を掴み白竜だけに聞こえる声で言った。

「す、すまない。紹介し忘れた、昨日から同居人の円堂さんだ。この人からの了承を得ないとお泊まり出来なかったんだった、本当にすまない!」
「…だが、一人暮らしと言ってなかったか」
「本当、さっきまで、同居したこと忘れてた! とにかく、また連絡するから、今日のところは早く帰った方がいい、早く!」
「あ、ああ、分かった」

 珍しく焦ったように言う京介に白竜は深くは聞かずに、狭い階段の円堂の横を通り過ぎて行く。京介は見えなくなるまで手を降ると、振り返って円堂を睨んだ。円堂はポケットに手を入れたまま、ニヤリと笑う。

「浮気発見」
「…あんた、人のこと言えねーだろ、数えきれないくらいしてるくせに。だいたい白竜はそんな奴じゃない、友達だ」
「ふ、言ってくれるな。友達、ねえ。お前がそう思ってるだけかも」
「あんたな!」

 友達を冒涜されて怒りに震える京介に凄まれ、円堂は反省とでも言うかのように両手を広げた。その手にはスーパーの袋がぶら下げられていて、かしゃんと音が鳴った。妙に静まったアパートでこんな会話をしていたら誰に聞かれているか分からない。京介は咳払いすると、声を小さくした。

「もう、あいつの前とかでそういうのやめてくれ」
「お前が悪さしなきゃ俺だって何も言わないぜ」
「…勝手だろ」
「分かってないな」

 ゆっくりと近づいて来る円堂に、京介は思わず目を瞑る。すると、抱き締められて、おでこにキスされた。京介は閉じていた目を見張る。

「お前は俺のモノだって、言ったじゃんか」

 どくん、と心臓が早くなった。こんなに近くて、自分の心臓には円堂の胸板がくっついているのでこんなに高鳴ればばれてしまうかもしれないので、心臓の鼓動は治らない。京介は離れることも出来ずに、円堂の肩に頭を置いた。円堂は否定されると思って居たからか、京介が離れないことに驚きながらも妖しく笑うである。

「なにドキドキしてんの」
「あ、は?! してない!」
「バレないと思ってるのか、耳まで真っ赤だし。こんな悪い大人に何本気で反応してんだよ。」
「だったらこういうことすんな!」
「え、やだよ」

 言いながら笑う円堂は、とても無邪気に笑った。京介は間違っていると頭で思いながらも、心は未だ喜んでいるのだから救いようはない。円堂は京介を離すと、スーパーの袋をなにやら漁り始めた。甘い空気だったので何をいきなりし出したかと思いきや、いきなり目の前に物を出される。
 美味しそうな、プリンだ。

「なんですか、コレ」
「甘いモノが苦手な人でも病みつきプリンだ、買う時に割引されてたからお前の分も買ってきた」
「はあ?」

 円堂の意図が分からない、この間まで険悪なムードで睨み合って居たのにこれはなんだ。
(優しさに騙されるな剣城京介、これはなにかの餌だ)
 距離を置いてジリジリと睨むと、円堂は首をかしげる。

「いらないのか?」
「…毒でも入ってるんじゃないかと」
「もし入ってたとしたら、俺のせいじゃなくて業者に電話しろよ! と、まあ、冗談は置いといていいから受け取れよ、こいつに他意はない。あったらもっと露骨にするしな」
「…最悪だな」

 愚痴を零しながらも、プリンを受け取ると円堂はにっこりと笑った。京介はその一つ一つの笑顔にも慣れずに、ドキドキしてしまう。好きのままではいてはいけないのに、京介は下唇を噛み罪悪感と戦った。
 そんな京介の態度にも珍しく気付かない円堂は、そうだ、と手をうつ。京介が顔を上げれば、円堂はすこしむつけた顔をした。

「お前、あいつに最後なんて言ったんだ? 耳打ちしたから、なんも聞こえなかったぞ」
「聞こえないように言ったんだよ」
「はいはい、で、なんて言ったんだ」
「いうわけ…」
「剣城」

 ないだろ、と続くはずだったが遮られて京介はため息をつく。もう白竜はいないので嘘ついたことをバラしても今更悪いようにはされないだろう。腹を括った京介は、それでも気まずそうに目をそらした。

「あんたのこと同居人って言った。さすがに恋人って言えないから、同居人だからお泊まりとか制限してるって。これぐらいなら良いだろ。付き合ってるなんて言ったら、本当にキチガイだと思われる」

 精一杯言うと最初止まっていた円堂はくつくつと笑い出す。またバカにするのかと黙って待ってると、円堂は階段の手すりに寄りかかり口を開いた。

「キチガイだと思われちまえば良かったのに」
「やだ」
「お前はそうだよな。だけど、俺からしてみればお前から皆が離れた方が都合いいんだけど。まあいいか」

 なんで都合が良いんだ、と聞く前に円堂は自分の部屋の前に立って袋を揺らしながら鍵を探す。もう話に飽きたようで話すつもりもなさそうなので、舌打ちしながら京介も部屋に入ろうとすると、円堂がおい、と京介を呼びかけた。

「なんならほんとに同居するか?」
「はあ!?」

 京介が咄嗟に言い返して円堂を見れば、円堂は至って真顔で、あの嫌味ったらしい笑顔はない。
(まさか、本気で?)
 だったら俺の心臓持たないんだが、と先の先まで考えたキャパオーバーな京介を見て円堂が噴き出した。京介がなんだと見れば、笑いながらドアを開ける。

「冗談だよ、バーカ」

 そう言ってパタン、とドアは閉じられた。また騙されて悔しい京介は歯を食いしばると、ドアに向かって叫ぶ。

「くそったれ!」

 ドアの向こうで円堂が笑った気がした。




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