「大丈夫だよ、兄さん」

 俺は一人でやっていける、笑って言う京介に、優一は困ったように笑う。よく出来た弟はここまで、自分を困らせるかと思った。

「そうか、じゃあ帰るからな。なにかあったらすぐに連絡するんだぞ」
「ああ、手伝ってくれてありがとう」

 京介は心配そうに自分を見る優一を説得するように言いながらドアを閉める。今日から一人暮らしの始まりだった。
 剣城兄弟の両親は外国で仕事をこなしており、帰ってくるのは一年に一度か二度。二人も外国に行く手はあったのだが、優一がやりたいことがあると日本に残ることにして、京介も流れるように二人で暮らすことにした。仕送りや優一の収入があるので、家も優一の仕事先に近い家を借り、二人でやっていけたのである。
 だが今回はそうはいかなかった。今年から京介は高校に上がる。京介はサッカーの推薦で入ったので場所は選べず、高校は家から電車で一時間以上掛かり、駅から近いわけでもない。ぎりぎりで過ごしていた二人には毎日かかる多額な通学費を払うほどお金がなかった。優一は京介の学校を大事にしたいので、自分が仕事をやめて京介の学校の近くに引っ越し、また新しい通勤先を見つけるといったのだが、京介はそれを許さない。京介は人より兄を大事にしている。俗に言う、ブラコン、なわけで優一が簡単に辞めると言っているその仕事は、優一が日本に残りたいと思ってまで本当にしたい仕事だとわかっていたので、辞めさせたくはなかった。
 そこで、京介は高校の近くのアパートに一人暮らしすることにする。もちろん弟に負けじとブラコンな優一は反対したが、なんとか説得して二人は離れることになった。優一は京介に無理をさせたくないためバイトはしないという約束をさせたが、京介はその約束を守る気はさらさらない。京介とて、優一に無理はさせたくないのだ。サッカーもやりたいが、たまには趣味の時間を潰してバイトもこなさなければと思う。
 人の荷物に比べて少なすぎる自分の荷物が入った段ボールを見つめながら、明日から始まる学校が憂鬱になってきた。今日はつかれた、寝ようとして横たわる京介の目に積み重ねられたお菓子の箱が目に入る。兄が礼儀だ、なんだを言っていたことを思い出した。
(そうだ、となりの人とかに挨拶しなきゃな)
 時間はまだ午後8時、寝るには早い。挨拶は早く済ませておこうと、お菓子の箱を取ると重たい足を踏み出した。とりあえず全部の部屋の分は用意したので、ひとつひとつ配っていく。自分のちょうど下の部屋には前髪で片目が隠れている青い髪をした人が出てきた。成人だとは思うが、背は低く見下ろす形となったが、見上げてくる目付きは鋭い。どうやら三人で狭い部屋に住んでいるらしく、妙に仲良さげである。挨拶すればぶっきらぼうに返事されて、後ろからはおずおずとひとり出てきた。年上なのによろしくお願いします、と敬語で言われお辞儀をすればいきなりひょいとまた顔が出る。よろしくー、と三人の中では一番元気があるひとに言われ、またお辞儀。その人に一緒にゲームする? などと聞かれたので、お菓子を渡して逃げるようにそのとなりの部屋に行った。
 次出てきたのは可愛らしい女の子だ。礼儀がなっていて、自己紹介された。空野というらしい。同じくらいの年なので、一応意気投合しそうだ。そしてそのまた隣の部屋は怖そうな女の人とおっとりとしていてカメラを常備している女の人がルームシェアをしているらしい。仲良くしようぜ、と言われて内心焦っている京介を見て、おっとりとした子がシャッターを押した。京介は真っ赤になりながら階段をかけ上がる。
 階段を上がってすぐの部屋は自分の部屋だ。次挨拶するのは自分の隣の人、おそらく一番顔合わせが多くなりうる人だ。ちゃんと挨拶しなくては、とインターホンを押す。正直ドキドキしていた。怖そうな人だったら、と見かけによらず京介は考えていた。だが、誰も出てきそうにない。
(誰もいないのか)
 ドキドキしていた気持ちがスッと薄れ、その隣の人の部屋にいった。隣の人は明日また挨拶にいけばいいだろう。出てきたのは、スウェットだというのになぜかキラキラしている。いや、というより目がキラキラしている、と言えばいいのか。

「はじめまして、となりのとなりに引っ越してきた剣城っていいます。これからよろしくお…」
「うわ、新人さんかぁ! 俺天馬! 剣城っていうのか、君何歳?」
「15…今年で高校上がる。」
「え、俺と同い年だ! どこ高なの?」
「近くの、」
「あそこか、残念。俺とは違うや。でも同じ年の男の子いなかったからうれしいや、よろしくね!」

 勢いのある声で自己紹介され、握手をもとめられたのでし返すと満足そうに笑う。京介は天馬の子供っぽい笑顔が、自分とは合わなさそうだと思った。天馬は親戚の秋という姉のような存在の人と暮らしているようだが、今日は留守にしていたらしい。
 お菓子だけ渡してもう帰ろうとするが、引き留められてしまった。天馬は下の空野と幼馴染みで、二人ともサッカーが好きらしく、京介が俺も好きだと独り言を言えば、食いついてきてそれはもう大変である。
 サッカーがよほど好きなのでこのままでは話が終わりそうではないので話題を変えようと考えていると、ふと隣の人を思い出す。京介の隣は天馬からしてみてもとなりの人であるので、詳しいだろうと聞いてみることにした。


「天馬」
「ん、なに」
「となりの人は、どんな人なんだ?」

 天馬は京介の言葉に考える間もなく、笑顔を浮かべながら彼を誉めた。

「ああ、優しくてとってもいい人だよ。笑顔がかっこいいよくて。あ、サッカー上手くてさ、たまに教わるんだ! 剣城も教わったら?」
「遠慮しとく」

 またサッカーの話になりそうなので断ると、天馬は残念そうな顔をした。
 天馬は人を嫌うような奴ではないが、すぐにこんなに誉め言葉が浮かんでくるのだから、となりの人はかなりいい人なのだろう。京介は適当に話を終わらせて、自分の部屋に戻ることにした。
 ちらりと見る名札は、ぼやけて名前は読めない。

(今日はとりあえず寝よう)



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