車が赤信号で止まって、ポツポツとフロントガラスに雨が小さな雫を付ける。泣き止んだがまだ目が赤く腫れている京介を見て、豪炎寺はウィンカーをあげた。真っ直ぐ行けば京介の家なのに、右に曲がるつもりらしい。大きくカーブをして右に曲がった車体をみて、今まで京介は声を出した。

「俺の家、まっすぐですよ」
「知ってる」

 じゃあなんで、とは聞けない空気で、京介は自分の手を握ると下を向く。
 襲われた怖さから情けない話だが豪炎寺の胸で泣いて、気づけば部活から終わる時間になっていた。誰かに顔を見られたくなくてすぐ帰ろうとすると、豪炎寺は送って行くと言い出す。自転車があるからいいと断ったのだが手を引かれて行った先は豪炎寺の車だった。明日の朝も送って行くから自転車のことほ気にするな、とりあえず乗れと言われ乗ってしまったのだが。
(いつお礼言おう、というか、話しづらい)
 京介は横目で豪炎寺を見ると、彼は表情一つも変えずに車を運転していた。土砂降りになってきた雨にも狼狽えず、見知らぬ道をひたすら進む。けれど京介はこのまま何処かへ行ってもいいと思えた。不思議と彼に信頼の気持ちが生まれていたのである。京介はドキドキしながらも、口を開いた。

「円堂監督と、付き合ってました。」

 包み隠さず言えばさすがの豪炎寺も片眉だけ下げて、京介を見る。だがすぐに前を向いて、アクセルを踏んだ。ラックに置かれた珈琲を飲むと肘を窓に掛ける。

「そうか…」

 本当に残念そうに呟く豪炎寺に、京介は自分が裏切った気分になった。まず男同士で付き合っていたなんて話すら聞きたくないだろうが、彼は全て理解しているようでそれ以上は言わずに頷く。
 京介は何故か円堂に騙されたことよりも、この時の豪炎寺の顔を見る方が傷ついた気がした。自分はなんて選択をしたんだろう、と改めて思う。自分を責めながら、一つ一つ噛み締めた。

「コーチが言ってたこと、本当でしたね。円堂監督、俺のこと遊びだけって言ってました。俺、本気にしてて。コーチの言う通りにしてればこんなことには、」

 豪炎寺は慰めの言葉も言わない。言っても京介が受け取らないと知っているからだ。黙ってワイパーを動かす。京介は思いついたように顔をあげた。

「さっきのやつらも円堂監督が、関わってますか」
「…俺の憶測だが、円堂は問題児だったあいつらをやめさせたかったがなかなか辞めなくてな。そこで、あいつらが剣城をきらってることをいいことにあいつらと剣城だけにした。案の定、手を出したあいつらは退部、助けた円堂は剣城からの好感度もあがった。全部あいつの企てた通りになってしまった。だが、あいつらがもう一度来たのは円堂もしらないだろう」
「でも、先輩たち円堂の言う通りにして良かったって!」
「きっとケンカするなら辞めてからやれだの言ったんだろう。だが、それには辞めさせたい以外の他意はなかったと思うが」
「なんでそう言い切れるんですか?」

 京介が睨みつけながら言うと、豪炎寺は驚いたのか目を見開く。京介がこんなに敵意を向けたのがびっくりしたのだろう。京介とて今自分は豪炎寺に、八つ当たりしていることは分かっている。だが、なんでも分かったように言う豪炎寺が円堂の仲間なのでは無いのかと思ってしまった。そんなはず無いことは分かっているが、ここまでしてくれた豪炎寺まで疑う自分に怒りを感じる。なので豪炎寺にまで強く当たってしまった。京介は言いかえる事もできずにいると、豪炎寺はハンドルを回しながら口を開く。

「円堂とは中学からの付き合いだ。円堂は最初からあんな性格だったわけではないが…まあ、昔話はいいか。なんて説明すればいいか、いわば円堂は自分の狙ったものに手を出されるほど嫌いなものはない。だから剣城をターゲットにしている今、あいつらが剣城に手を出すことなど許さないだろう。だからこれは円堂が企てた計画の内には入らない。どうだ、理解出来たか? 質問があれば答えよう」

 たんたんと話して行く話は、円堂に関することだと思うと話を聞きたくなくなるが聞かなければ円堂を知れないのだ。豪炎寺の鋭い目が京介を捉える。京介は少しため息をついた。

「コーチ、貴方が分からない。何故俺にここまでしてくれるんですか」
「…そういう質問は受付けていないが」
「言えないなら良いです。貴方が分からないのは今に始まったことじゃないですし」

 とげとげしい言い方に豪炎寺は困ったように顔を歪める。高級マンションの駐車場に着くと車を止めた。そこで、豪炎寺はシートベルトを外すとしっかりと目を合わせてくる。今まで運転していたので完全に向けられなかった顔が見えて、京介は焦ってしまった。こんなに近かったんだと、いまさらながらに思う。豪炎寺は薄い唇から、呟くように声を出す。

「詳しく話さないで悪かったな。円堂のこと言っておけばこんなに深くかかわらずに、辛い思いをさせずに済んだのに、すまない。」

 逆に謝りたいのはこっちだし、ありがとうをいいたいのにと京介は思った。口下手な京介は、何も言えずに俯いてしまう。豪炎寺は優しく、京介の頬を触った。

「何も気にするな、俺のわがままな謝罪を受け取ってくれればいい。車からおりるぞ、積もる話は俺の部屋でしよう。」

 どこに連れてこられたかと思えば豪炎寺の家など、京介はは、と一言で聞き返すしかない。だが豪炎寺は京介の声を聞かずに後ろの席から傘を出すと先に降りて京介のドアを開けた。京介が慌ててシートベルトを外すと、豪炎寺が少し笑う。

「そんなに慌てなくていいんだが」
「いや! あの、なんでコーチの家に…!」
「お前の部屋の隣は円堂だ。家に帰ればいやでも思い出すだろ、なら帰らなければいい。お前もあそこに帰りたくないんじゃないか? だから今日は俺の家に泊まれ、明日迎えに行く手間も省けるし」
「何を言ってるんですか、迷惑掛けちゃいますし俺なんかほっとい…」

 そこまで言うと、豪炎寺は京介を車から引っ張り出して傘の中に入れた。ザーと激しく音を立てる雨の中で、二人は小さく縮こまり傘の中で身を寄せる。豪炎寺は京介の濡れた頬を撫でて、目だけ笑って見せた。

「剣城、迷惑なんて思わないから大丈夫だ。それとも、お前は俺が信頼ならないか?」

 そんな甘く呟かれては、抗う術もない。京介が首をふれば、微かだが嬉しそうに目を細めた。京介は濡れないように自分の方へ傾けられた傘を見て、思う。


(どこまでこの人は俺を甘やかすんだろう。)



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