「今日の剣城くん…」
「なんかいやな事でもあったのかよ」

 自分たちには付いていけない勢いのある試合をベンチで見ながら、輝と狩屋は見ていながら京介に冷や汗をかく。今までの京介は他のプレイヤーと力の差があるからか、プレーには常に余裕を見せているし、京介はアタックが少なかった。だがどうだろう、今の京介のプレーは荒々しくレッドカードを出されてもおかしくないものである。だが、監督の円堂は、楽しそうに見ていた。本気を出している京介を見れて楽しいのかもしれないが。

「し、試合終了、12対0でAチームの勝ち!」

 審判の生徒が笛を鳴らしながらおずおずと言い出す。そして京介も笛に反応して、列に並びお辞儀をするとさっさとベンチに戻ってきた。京介は怒ってはいないようだが、機嫌は最悪なようで、二人はビクビクしながら京介を見る。京介が目を細めたのを見て、狩屋が口を開いた。

「ちょっとどうしちゃったんだよ、その怖い顔どうにかしてくれる?」
「え」

 狩屋は耐えられなくなり注意すると、京介はぽかんとした顔をする。自分が怖い顔をしていた事を気付いていなかったようで、注意すればすぐに眉間のシワを解させた。一言ごめん、と言ったのを聞いて二人は京介を見る。素直に言ったものだからどんな顔で言ったのか見たくなったのだ。だが、タオルで汗を拭きながら、フラフラと部室の方へ戻って行ってしまう。まだ部活は終わっていないし、トイレなのか、と思いながらも声を掛けるのは京介の逆鱗に触れるかもしれないので、首は突っ込まない事にした。すぐに狩屋と輝も円堂に呼ばれて二人はグランドへ走る。そして、その円堂は京介の行った方向へ足を伸ばした。



 京介は蛇口を捻り顔に水を掛けると、ブルリと顔を震わせる。汗が流れて行くのを感じてスッキリしながらも、心はモヤモヤがつっかえたままだった。犯人は勿論、昨日京介が殴りたいとまで思った円堂である。彼は今日クラスでも普通に話しかけてきたし、部活でもわざとらしく褒めてきたりと京介を不機嫌にさせるだけだった。京介は自分が気分を害せば円堂が喜ぶ事ぐらい分かっていたが、表情に出さないなんて器用な事出来ない。証拠に狩屋と輝はかなり怯えていた。
(友達にまで当たるなんて、子供か俺は)
 充分頭は冷えたのでもうグランドへ戻ろうとすると、肩を叩かれる。狩屋か輝が追ってきたのかと振り向けば、そこには円堂が笑って立っていた。京介は逃げるように、体を翻す。

「まるで幽霊見たような表情だな」
「っ、なんの用だ」
「あ、こら、敬語使えって」

 注意しておきながらも気にしていないようで、京介の反応にけたけたと笑っていた。京介は自分が感情的になればなるほど男を喜ばすとわかったので、落ち着かせるように深呼吸する。黙って立ち去ろうとする京介に円堂のバカにしたような笑顔がなくなった。その代わり、口はしが上がったのが見える。

「俺の事、学校側には言わなかったのか」

 言えるはずがないだろう。
 言おうとして言葉を飲み込んだ。冷静を失えば話し合いではなくなってしまうし、対等に立つこの場がなくなってしまう。いつの間にか落としていたタオルを拾うと、京介は円堂に立ち寄った。

「こんなこと、口外するつもりもないですし、もう忘れました。心配なさらないで下さい」

 わざとらしく丁寧に言い返せば、円堂の顔がゆがむ。なにかと思っていると、円堂が京介の顎をつかんで来た。払おうとすれば、円堂が眉を下げる。

「残念だなあ、校長らへんに報告してくれれば面白いものが見れたんだけど…」

 京介はどういう事だ、と反射的に聞いてしまった。そして、聞いてから後悔する。円堂の丸い瞳が半月のように、細められた。

「俺は人気者の頭良い先生、お前は嫌われ者のバカな生徒。皆はどっちを信用するか楽しみじゃないか。勿論信用されなかった者はキチガイ扱い、うん、稀にしか見れないショーだぜ!」

 話し合っても無駄だ、京介は思いながら円堂の横を通り過ぎる。嫌にニヤニヤする円堂は腹立たしいし、あれがサッカーの監督だと思うとサッカーが汚された気がしてならなかった。
 部活は休むことにして部室へ着替えを取りに行く。この時間は練習で誰もいないのでズルしてもバレないだろうとドアを開けた瞬間、京介の頬に衝撃が走った。鈍い痛み、懐かしくて吐き気がする。顔をあげてみれば、何処かで見た奴らがいた。
 そう、辞めさせられた5人の先輩である。

「よう、やっと一人になったなあ」
「ふ、この前で満足いかなかったんですか?」
「てめ…っ、誰のせいで辞めさせられたと…!」
「くそ、生意気な奴だな! おい、誰も来ねえはずだ、好きなだけ痛めつけてやろうぜ!」

 典型的な悪物のような言葉を京介に投げ捨てると、二人掛かりで京介の腕を押さえつけた。部室の扉は閉められ鍵がかかる音が嫌に響く。京介は蹴られるくらいまた我慢しようと目を瞑った時、一人がニヤニヤしながら言い出した。

「なあ、こいつ暴力しても顔色変えねーしつまんねーから、服脱がして写真でも撮ろうぜ」
「なっ」
「さんせーい! もの好きに写真売れるかもしれないしな!」
「俺、金欲しーい」

 京介はさすがに抵抗しようとするが、5人の手から逃れることは出来ない。次々と剥がされて行く服は無残にすてられて行った。そして、その中でもボス的な存在が笑いながら言う。

「あの時に円堂の言うこと聞いておいて正解だったぜ、サッカー部じゃなにもできねーしな!」

 京介は固まって彼らの手のまま足を開かれた。それでも京介は動けない。
(円堂、監督の言うとおり? もしかして、円堂はこうなることを分かっていたのか、円堂が仕向けたことなのか?)
 わなわなと震える体の怒りは何処へ投げ捨てる事も出来なかった。ただ京介ができる事など目の前の奴らを睨みつける事しかできないのである。どうしようもなく、悔しさから涙がでてきた時、ドアが一度だけ叩かれた。京介は顔をあげる。男たちも、少し焦ったように手を止める。そして小さな声で話し始めた。

「おい、誰か来たんじゃ?」
「大丈夫だって、誰かきても鍵しまってるし」
「そ、そうだ…」

 次の瞬間、ドアが大きな音をたてて一気に開かれる。いや、蹴破られたと言った方が正しいだろうか。半壊するドアを見て怯えた男たちに、入ってきた者は声を唸らせた。

「学校やめたくなかった即刻ここから出ていけ、あと、これからお前ら一人でも剣城に手を出せばどんな手を使っても退学にさせる。」

 どうする、と行動の選択肢を与えるが逃げるしか残されない男たちは半泣きで部室から出て行く。その背中を監視するように睨んだあと、消えたのを確認して釣り上がらせた目を優しく細めて京介に近付いた。自分の来ていた赤いジャージの長袖を脱ぐと、ゆっくり京介の体に掛ける。

「怖かっただろう、遅くなってすまなかった」

 自分を責めるように言う言葉に、剣城は涙が溢れて来た。この人は近寄り難い雰囲気で苦手だったが、不器用ながらいつも自分を気に掛けてくれていたのである。
 優しく自分を包む腕を、京介はしゃくりあげながらしがみついた。逞しい腕は、剣城を安心させるには充分過ぎる。剣城はただ彼の名前を呼んだ。

「ごうえ、うぐ、豪炎寺さんっ!」
「ごめんな、ごめん」
「うう、あ」

 豪炎寺は取り乱す京介を宥めるように頭を撫でて、ただごめんを繰り返す。京介は朦朧としたなかで思うのだ。

(ごめんなさい、俺の言葉だ)









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