始めて部活をサボった京介は、なにをしていいのか分からず町中をぶらぶらしていた。一人暮らしであるし早く帰っても誰もいないので楽しくない。誰かと遊ぶと言っても、友達はあの二人としかいないので誘うことは不可能だった。中学の唯一気が合う友達は、ここからは遠すぎる。
 戻ろうかと思うが、今はとにかく円堂に会いたくない。会えば、この気持ちが悪化すると思ったからだ。どこかスーパーに寄り、今日はまともな夕ご飯でも作ろうとすると、いきなり名前を呼ばれた。サボっている身なので、隠れようと自転車を飛ばそうとしたが、隣に車がついてくる。横をみれば、苦手な人が顔を覗かせていた。

「豪炎寺さん!?」
「この時間に、こんなところでなにしている。部活はどうしたんだ?」

 豪炎寺も立派なコーチである。サボっていた事が知られれば、ただでは済まされないだろう。無視して自転車を漕いでしまえば良かったのだが、こんなに近距離の車にピッタリつかれてしまっては気にならない者などいないだろう。なにより、名前を呼ばれてしまった。
 自転車をとめて、豪炎寺の方を向く。豪炎寺は責めるような目で剣城を見てくるので、言葉が詰まってしまった。なんて言おうと、考えていると、豪炎寺がため息をつきながらちょっと待っていろと言ってくる。京介は言われたとおり、立ち止まると、何処かへ消えてしまった。
 このまま逃げてしまおうかと思った時、もう豪炎寺はこちらに向かってきている。京介は黙って立っていると、豪炎寺は京介を見下ろした。鋭い瞳が刺すように見てくるのを耐えられなくなり目を逸らすと、豪炎寺は部活は、ともう一度聞いてくる。

「今日、体調、悪くて、その」
「そうか。じゃあ家まで送って行く。」
「え!?」

 いきなりの提案に否定も込めて驚いた。豪炎寺は少し顔を歪めたが意思は変わっていないようで、京介の自転車を取ると後ろに乗れと言ってくる。いつしかもこのようなことをしたが、あのときとは違って嬉しさや恥ずかしさより怖さの方が勝っていた。やはり正直にサボりといえばよかった、これは嘘を吐いた罰である。このまま帰る気満々の豪炎寺をスルーするなどできるはずもない京介は、黙って後ろに乗った。腰に手を回すと、豪炎寺は満足げにペダルに足を掛ける。
(なんだよ…この状況…)
 揺れる自転車に乗り、無言に耐えられなくなった京介はあの、と豪炎寺の背中を見ながら言った。

「車は、どうしたんすか?」
「近くの駐車場に、病人は気にするな」

 わざわざ止めてくることないのに、と京介は思いながら調子が悪いと嘘吐いたことを後悔する。豪炎寺は嘘と見破ったのならやすやす帰してはくれない、今帰してくれているのは本当に調子が悪いとわかっているからだ。本気で心配してくれている人を騙しているので、京介はいたたまれない。
 家が近くて、よかったと思う。あと二分もすれば、この地獄から抜け出せるのだ。豪炎寺には悪いが、どうしても苦手なものは苦手なのである。

「剣城」
「は、はい!」
「忠告したことは覚えているか。」

 なんのこと、と聞き返す前に分かってしまい、時間が止まったような感覚に陥った。きっと、豪炎寺は円堂に近付くな、また言うつもりなのだろう。前の京介ならば、納得してそのままにしていただろうが、今は状況が違った。
 今日だって、部活をサボったのは円堂を避けるためである。だがそれは嫌いなんて感情じゃない。一緒に居れば胸がはち切れそうになるからだ。今まで感じたことのない感情に、戸惑った末の行動。嫌い、じゃない、つまり反対の感情。

「すいません」
「なんだ」
「俺、円堂監督と、関わらないなんて無理だと思います。あの、変かもしれませんが、俺円堂監督と話したいってゆーか、なんて言ったらいいんだ…。えーと」

 離れるなんて、不可能だ。
 こう言ってしまえば楽だが、豪炎寺に円堂を好きなどと伝えられない。伝えれば引かれるだろう、男の事が気になっているなど。どう言えばいいか、と考えながら言葉を紡いでいるともう家についた。これで逃げられると自転車を止めてもらいながら思っていると、豪炎寺が京介の肩を掴んできた。視界が揺れるほど力強い衝撃に、京介は反射的に目を瞑る。すると、豪炎寺は声を荒げた。

「もう一度言う、円堂と居てもお前が傷付くだけだ。関わるんじゃない!」

 京介はビリビリと感じるプレッシャーに、怖くなって豪炎寺に肩を掴まれたまま黙り込む。
 そうなのかも、しれない。円堂は読めないし、実際あの笑顔が全て本当のものとは思えなかった。が、逆に全てが嘘とは言えない。あんな曇りなき笑顔を出せる人が極悪人には見えないし、豪炎寺が関わるなという根拠すら教えられないまま豪炎寺のいう事を鵜呑みにできなかった。京介は勇気を振り絞って口を開こうとした時、突然クラクションが鳴り響く。驚いて路上を見れば見慣れた車が止まっているのが見えた。それが、京介からすれば、救いに見える。車から急いでおりて来たのは、円堂だ。こちらまで早歩きで来ると、乱暴に豪炎寺を突き放すと、京介を自分の懐に入れた。
 京介はいきなりの出来事についていけていないが、円堂の胸元に入っているのが恥ずかしくて逃げ出したい気分である。だが、はじめて近距離で感じる円堂の匂い。とても、安心するものだった。安心している京介とは正反対に、円堂と豪炎寺は睨み合っている。
 
「豪炎寺、お前剣城になにしてたんだ!!」
「剣城が気分が悪いらしい、送って来ただけだ。円堂こそ、部活の時間だろう。抜け出して来て良かったのか。」
「俺は、剣城がいなかっから探しに来たんだ。それより、病人に無理させるなよ! 豪炎寺はもう帰れ、俺が看病する」

 話を勝手に進められてしまい、京介は背中を押されて階段を登らされた。円堂は車を止めてくる、と京介に優しく笑いかけるので、京介を苦笑いしておく。後ろを振り返ると、丁度帰ろうとする豪炎寺が目に入った。悪い人ではないのだと思うが、京介は忘れるように頭を振る。車をおいてきたのか、急いで階段を駆け上がってくる円堂に引かれて京介は豪炎寺を見ないようにした。

「具合が悪いのか」
「あ、えと、はい」
「そうか、じゃあ剣城の部屋に少し邪魔していいか。弱ってるお前を一人にさせられないよ。」
「え」

 京介の返事を聞かずに鍵を奪って手早くドアを開けて、京介を部屋へ押し込む。そして円堂が京介の制服に手を掛けた時、京介は円堂の手を掴んだ。

「円堂監督! 大丈夫です、自分で着替えられるんで!」
「ん、そうか。じゃあ頼むな、それと。」
「なんですか?」

 制服の上着ををハンガーに掛けながら振り向くと、円堂が笑顔ですぐ真後ろに立って居て京介は固まってしまう。すると、円堂は京介の手を掴んでにっこりと笑いかけた。

「ここは学校じゃないんだ、監督はいらないだろ?」

 京介の顔はみるみるうちに染め上がる。近くに円堂の顔が迫って、息が触れてパニックになった。
(なんで、こんなに、近いんだ)
 京介は逃げるように体を翻し、円堂の胸元から抜け出す。だが、円堂は京介の手を引くとベッドへと寝かせた。おでことおでこを合わせて、目がかちりと合う。なんの物音もしない二人きりの部屋で、京介は自分の心臓が高鳴る音が円堂に伝わってしまうのでないかと心配になった。だが、それ以上に触れたおでこが嬉しくてたまらない。そのまま流されるように目を瞑ると、円堂がゆっくりと離れて行った。

「熱はなさそうだな」
「あ、いや、ほんと少しだけ調子がわるいだけなんです。だから、大丈夫!ありがとうございました!」

 自分の真っ赤な顔を見られたくなくて、布団を被ると、早急に部屋から出そうと話を済ませる。早く帰らないかと思っていると、あれ、と円堂が声を漏らした。今度はなにか、と布団の間から顔を覗かせて見ると、円堂から貰ったストラップと飴玉を見ているようである。ストラップならまだしも、飴玉を机の上に大事に置いてあるのはおかしい。
 京介は急いで布団から出て、円堂の目の前に出た。円堂はストラップを手に取りながら、驚いた顔をして京介を見る。京介が言い訳をする前に円堂が口を開いた。

「これ、持っててくれたのか? 飴だって、食べて良かったのに」

(そんなキラキラした瞳で見られると、嘘がつけないじゃないか)
 京介は言い訳できるわけない、と落胆しながら円堂の手からストラップを取る。口ごもったこえで、本音をぶちまけた。

「あんまり人からもの、貰ったことなかったですし、嬉しかったんですよ。あんまり気にしないで、下さい…」

 恥ずかしくて茹で上がるのではないかと思うくらい、京介は限界に近い。耐えられなくなりストラップを奪ったまま逃げようとすると、強い力で円堂に引かれた。驚く暇もなく、円堂の腕の中にすっぽりとはまる。手を外そうとすると、円堂は京介の肩に顔を埋めた。

「剣城、どうしよう。」
「なにがすか、一旦放してくだ…」
「お前が可愛くて仕方ない!」
「…え?」

 京介が後ろを振り向いた時、円堂が顔を上げる。そして、ゆっくり顔を近付けて、唇を重ねた。京介が固まっていると、円堂はとろけた目で言うのだ。

「生徒に、男にいう事をじゃないことくらい分かってる、おかしいことくらい。でも、俺は分かったんだよ。俺、おまえが好きだ。」

 キスだけでも付いていけないと言うのに、円堂は畳み掛けるように告白しだす。剣城の手を持ち、逃げられないように正面からぶつかってきた。京介は彼方此方に視線を逃がそうとするが、円堂はそれを許さない。京介は観念したのか、円堂の腕の中でおとなしくなった。

「そんなこと、言ったって。」
「ごめんな、剣城。好きなんだ」
「だめですよ、許されない、から…」
「俺は本気だ!」
「は、放せ…!」
「剣城」

 力強く京介の名前を呼ぶと、京介を力一杯抱きしめる。その手は震えていて、緊張していることが嫌でも分かってしまい、京介は否定を止めてしまった。すると、弱々しい声で円堂が言うのである。

「本当に嫌なら今、突き放してくれ。俺は今後一切お前に関わらない。だけど、可能性が1%でもあるならこの手を、離さないでくれ。」

 京介は自分が手にしている円堂の腕を見やった。いつも笑顔の、元気な円堂とは違う。だが、それがまた愛おしく感じた。
(そうか、きっと、俺も)
 京介は円堂の腕を強く握る。すると、円堂は嬉しそうな顔で京介を見た。京介は視点を逸らそうとするが、純粋に喜んでいる円堂を見たくなってしまう。目を向ければ、円堂は下唇を噛みながら京介に抱き付いた。
(あったかい、これが、俺が求めてた物なのか。)
 京介は目を閉じて円堂の背中に腕を回す。もう、この時には豪炎寺の忠告なんて忘れていたのだ。
 円堂も京介の背中に回した手を離さないように力を込める。そうして、口の端を上げて思うのだ。

 やっと、堕ちた。








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