京介は眠くても、授業のほとんどは聞いている。記憶は得意な方なので、授業で聞けばテストの時にだいたい書けるのだから、たいしたものだ。だが、今回ばかりは眠たくて仕方がない。昨日の夜、円堂についての気持ちに葛藤していたからだった。結局彼への気持ちの整理は収集がつかず、保留という形になる。
 うとうととしながら時計を見た。これは六時間目なのであと5分で放課後である。放課後になれば、教室には担任の円堂がやってきてそのまま部活へと行くのがもう習慣となっていて、それが嬉しいのも京介は感じていた。
 瞬きする度瞼がくっつきそうになるのを我慢していると、扉の方に人影が写る。ふと目を向ければすこし早めに来た円堂が落ち着きなく立っていた。彼は大人なのにたまに子供っぽい、そこが皆から慕われる生活の一部であるが。早めに来ても教室に入れないのに来てしまうところが円堂らしい。京介は円堂の行動をしばらく見ていると、円堂は視線に気付いたのか京介の方を向いた。すると手を振り始める。振り返せるはずもないのに無邪気に京介が振り返してくるのを待っていて、居心地が悪くなり目をそらした。恥ずかしく思いつつも、教室にいる40人の中から自分が選ばれたことが嬉しく感じてしまう。京介は自我を持たせるために、小さく自分の頬をつねった。



「無視しなくったっていいじゃんか」
「授業中だったんで」

 SHRが終わり、二人並んで部活に行く途中円堂が頬を膨らませながらいう。無視とは先ほど手を振ってきたときのことを言っているのだろう、京介は呆れながら返した。
 円堂は何を話すのも、顔には絶対笑顔がある。いまだって他愛もない話をしているときも笑顔は絶えなかった。そんな笑顔を見て、今日も円堂監督だな、と京介はこっそり思う。そんなとき、円堂がなにかを思い出したようにあ、と声をあげた。

「どうしたんですか」
「教室に財布忘れた! ちょっと取ってくるから、先行ってろ」

 円堂は京介の頭を一度撫でると、長い足を伸ばして来た道を戻り教室まで走っていく。どうしたら財布を忘れるんだ、と思いながら京介はその場で止まり、撫でられた場所を自分の手で撫でた。円堂の手は暖かくて落ち着く。兄にだって最近頭を撫でられないのに、円堂は違和感もなくやってのけてしまうから不思議だ。少し顔があつくなるのが分かる。
 京介は一階まで階段を降りると壁に背中を預けて、上の階を眺めた。円堂は走っていたしすぐに戻ってくるのならば待ってようと、その場で座り込む。待つ必要はないがグランドに行ってしまえば円堂と京介は監督と一選手になってしまうので言葉を交わすことはあまりなくなってしまうため、今少しの間だけでも独占したかった。
(…俺のバカ)
 円堂監督とは関わらないようにしなきゃ、と自分を責めるが円堂と話している時の京介は一番輝いているのだから弁解のしようがない。待っている間歯がゆい気持ちに、どうにも落ち着けなかった。やっぱり一人で行こうかと立ち上がった時に、階段を下ってくる音と声が聞こえる。耳をすまさないでも聞こえる凛々しい声、待っていた円堂だ。ドキドキしながら来るのを待っていると、誰かと話しているのだろうか、ひたすら謝っている。自然と耳をすませてみると、ごめん、とまた円堂が言った。

「軽い気持ちで付き合ったのは悪いとは思ってるよ、ただ一週間付き合っただけなのに愛してるって言われても実感湧かないっていうか。もう別れよう、潮時ってやつだ」

 どうやら別れ話だったらしい、女の声は聞こえないので電話が相手だろう。咄嗟に京介は階段から姿を翻し壁を盾にした。円堂は気づいていないようでまだ話を続けている。

「だからー…、ああもう付き合ってた時から思ってたけどそういうところめんどくさいよな! …え、っ」

 話の内容が気になり京介は円堂から見えない程度にのぞきこんだ。彼は携帯を耳から離すと、顔をしかめる。たしかに電話口からだというのに、遠くの京介まで音が聞こえた。驚いてまた京介は隠れると、円堂は小さく舌打ちする。電話は終わったようで声は聞こえなくなり、足音だけが遠ざかっていった。京介は、座り込んだまま鼓動が早くなる胸を押さえる。
(これが、円堂、監督?)
 普段笑顔を浮かべている円堂とは程遠く、別人にすら見えた。やはり円堂はただ者ではない、と思う。この前彼女らしき人と揉めて別れたばかりだし、今回も別れ話とは期間が短すぎた。やはり、彼は。
 嫌な想像が頭を遮るなか、京介は頭を振る。この短期間だが京介が円堂に築いてきた気持ちはなかなか消えることはないらしい。京介は元気よく立ち上がると円堂が行った道を見る。
(でも、大人は恋人はたくさんできるし、円堂監督が悪いんじゃなくて、女の人がだめだったのかもしんねーし。)
 京介は思い直しながら足を進めた。その先はグラウンドは広がっている。外履きはきかえようとして昇降口に行くと、下駄箱に人影が見えた。目を細めてみると、円堂である。無駄に反応してしまう体をおさえて、自分の靴を取った。

「剣城」

 自分の名前を呼ばれるがその声が電話の時の声と一緒で驚く。手が震えそうになるのをおさえて、円堂を見た。円堂は声とは正反対に笑顔である。一つも入る隙がない、そんな完璧すぎる笑顔に違和感を覚えた。

「先に行ってなかったのか」
「あ、いや、トイレに」

 挙動不審に答える京介に円堂はふーんと訝しげに見る。京介は下手に言えばボロを出しそうなので黙ると、円堂も黙ってしまった。沈黙がいたい。
 すると円堂は顔をしかめると、京介と目をあわせた。

「…ほらっ」
「!?」

 目の前に差し出されたのはきつく握られたグーなので驚き後ずさる。手出せ、と言われていつかの朝を思い出した。両手を差し出し広げると、そこにはサッカーボールに何かが乗っているストラップ。なんだこれは、と口にだしてしまいそうになり口を閉じる。すると円堂がすこし困ったような顔をした。

「さっきはまわりに人がいっぱいいたからあげれなかったが、剣城へお土産。この前日帰りで地方に行ったときのお土産屋でそれを見つけて、サッカーボール見たらお前思い出して、買ってきてみた。あ、センスは先生に求めるなよ!」

 焦ったようにいう円堂に、京介は円堂とストラップを交互に見る。何かが乗っているとはいったが、どうやら猫のようだ。やる気がないのかぶらんとぶらさがる姿は愛らしい。
 思わぬお土産に嬉しく思い見つめていると、円堂が微笑みながら京介の頭を撫でた。

「生徒とか部員とかの中で、お前しかお土産買ってきてないんだ。だから秘密な」

 いいながら口に人差し指を当てて、照れ臭そうに笑う。京介は円堂を見返すと、円堂は頭を撫でるのをやめてジャージのチャックをあげた。

「よし、部活行くぞ」

 キラキラした目が京介を捉える。京介はストラップを握ると、ポケットに入れて返事をした。待ってて良かった、と思いながら喜びに浸る。
(やっぱりさっきのは、なにか、あったんだ。円堂監督も人間、ああなってしまうときもある)
 やや無理矢理な解釈をすると京介は円堂を見た。円堂はん? と聞き返すと、またあの笑顔で京介を幸せへ戻す。

「なんでも、ありませんっ」

 宝物が、また増えた。



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