この前円堂から貰った飴玉をまるで拝むかのように、テーブルの上に飾っている自分はついにおかしくなったのかとすら思う。
 円堂の笑顔が瞼に焼き付き、瞬きをする度にじりじりと胸を焦がす。そんな感情になってから二日も経っていた。自転車で送ってもらった日からこの調子で、てんで参っている。
 最初は自転車の二人乗りなど兄以外としたことがないので、感動に似た興奮に震えているのだと思った。だが、帰ってきてからなぜか胸の高鳴りは止むことはなく、その日の朝に円堂が貰った飴玉を見つけては宝物を愛でるかのように、綺麗なガラスの瓶にしまいこむとテーブルへ置いて暇があれば見つめている。
 そう、京介は重症なのだ。

 またこの前と同じように部活の後に円堂と一緒に学校から帰ってきた。違和感すら感じないのはさすがにまずいと思うが心地よくて受け入れてしまう。だが、こんなとき、豪炎寺の言葉を思い出すのだ。
 枕を足で挟みながらひどく葛藤していると、外から足音が聞こえてくる。階段を降りる音を聞いてだれが降りたのか気になり、窓から階段を見た。すると降りた人間はさきほどまで一緒にいた円堂である。京介は身を乗り出しながら彼の背中を見た。少し先に女の人が立っていて、彼女となにかを話している。距離は近くないが、少し争いになっているのが分かった。目を細めてみると、次の瞬間、円堂は彼女から頬を平手打ちされる。京介が状況判断できないうちに、彼女は怒ったように帰っていった。そうして、円堂がまたこちらのアパートまで戻ってくるのが見える。
(すごいものを…見た)
 京介は自分のベッドで丸まると、円堂が叩かれた意味を考えてみた。女の人が野蛮なことをするのには理由があるので、きっと円堂に負があるのだと思う。だとしたら、なにをしたのか。考える必要などない、ただ気になるのだ。
(ほっぺ、大丈夫かな)
 だが、すぐに円堂の身を按じてしまう。一回考えると京介のマイナス思考はエスカレートしてきて、いてもたってもいられなくなった。考えなしに立ち上がるとビニール袋に水と氷を入れて縛る。外から階段を上がる音が聞こえたので、京介は急いでビニール袋をタオルで包むとドアを勢いよく開けた。いきなり出てきた京介に円堂は驚いたようで、アホ面をさげて口を開けている。その頬は、赤く腫れていた。

「か、監督」
「え、あ、ああ」
「これ、で、冷やしてください!」

 半ば押し付けるように円堂に渡すと、さっさと逃げる。円堂はそのタオルを受けとると、すぐに逃げた京介の腕をつかんだ。驚きながら振り向く京介に、円堂のいつもの笑顔などない。
(もしかして、余計なこと、したか?)
 不安になってきて、円堂が何かを話すのを待っていると、剣城、と円堂は口を開いた。

「見てたのか?」

 その目は、酷く冷たい。京介はなんて返していいのか分からなくなった。たしかに生徒や隣人くらいの関係のくせに、恋愛を見といてタオルを渡すなどプライベートに関わりすぎている。そんなこと分かっていた。けれど、それ以上に円堂が心配だったのである。
 京介はもうどうにでもなれ、とその問いに答えた。

「…窓を開けようとして窓を見たら、監督が見えて。気になったんで様子を見てました。あ、えと、話聞いてません、聞こえなかったし。でも叩かれたの見えて、心配だったんです。いや、余計なことしましたよね。すみません。」

 少し状況を変えて気持ちも添えながら説明する。これで円堂が許してくれるなど思ってはいないが、話を聞いていないので気を荒らすこともないかと訴えたかっただけだ。
 すると説明の甲斐もあってか、円堂の真顔はみるみるうちに笑顔になっていく。そっか、とかだよな、とか呟くように言ったあと、強いくらい掴んでいた腕を簡単に離した。

「凄い情けない話だからさ、生徒に聞かれたら恥ずかしいくて。強く聞いてごめんな。あと、心配してくれてありがと」

 そう言いながら、円堂は京介の頭を撫でる。京介は恥ずかしく思いながらも、円堂の機嫌が直ったことと頭を撫でられたことがうれしくてされるがまま円堂を見た。優しい手が触れられるのを、ただ受け止める。すると、円堂がタオルを頬に当てながらうつむいた。

「彼女が、浮気していたみたいだったから少し問いただしたら逆ギレされちゃったんだよ。私を信用してないの、ってさ。たしかに俺、彼女疑うなんて情けないよな」

 そう言いながら手すりに寄りかかる円堂は、いつもとは想像もつかないくらい弱々しい。京介はそんな円堂を見るのははじめてなので、なんて声を掛けるか迷うが結局なにも浮かんでこなかった。
 ただ気まずそうに一緒にいる京介を見かねて、円堂は苦笑いしながら手すりをはなす。

「あっはは、ごめんごめん。今のなしな! いやー俺も生徒に何言ってんだろー!」
「好きだから、」
「え?」
「好きだからしょうがないですよ。監督は情けなくなんかない」

 この場から逃げようとした円堂に京介は、真っ直ぐ見ていい放った。自分がこんなこと言う日がくるなんて思わなかったが、口が勝手に動いていたのである。円堂は京介にそんなことを言われて、恥ずかしそうに目をそらすが、すぐにまた満面の笑みを返した。

「ありがとう、剣城! 剣城がそう言ってくれて元気出た!」

 これ借りるな、とタオルをあげると、また京介の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。そうして円堂は隣の部屋に帰っていった。
 京介はその背中をみて、自分の崩れた髪を触れる。あの嫌いだった人が触れたところが、妙にいとおしかった。じわじわ熱くなる顔に、どうしようもなくなり、京介も自分の部屋に入る。この温かい気持ちは、久しぶりだった。



 円堂は叩かれた場所を鏡で見ると、口の内側から舌で舐めた。叩かれた時に皮膚が歯にぶつかったのだろう、内側が切れている。治るのいつくらいだろう、と考えながらも明日は土曜日なので良かったとも思う。
 京介には『彼女が浮気をしていると疑ったせいで勃発したケンカ』と言ったが実際はそんなものではなかった。ケンカの理由は円堂が他の女性と会っているのに激怒した彼女が円堂に話がしたいとやってきた。そうして行ったはいいが、円堂はもともと彼女を切るつもりでいたので言い訳はしない。しまいには『君とは付き合ったつもりはない』と言い捨てたもので、彼女の怒りは増し暴力と出たのだ。
 付き合おうとは言わなかった、ただ体の関係があっただけのこと。
 円堂はそう考えていたので、叩かれたのは心外である。だがヒートアップさせてはまずいのでなにもいわないでおくと、彼女も仕方なく帰ったので丸く収まった。よくあることなので円堂も痛い頬を気にせずに家に帰ろうと階段を上ったとき、京介が来たのだ。彼に話を聞かれたのでは、と思ったが彼は嘘が得意ではない。すべて本音を話しているようだった。だから、こんな氷水を用意して、最低な円堂を心配したりしている。
(まだ、早い。気づかれるのは、早い。)
 円堂は自分の核を京介にはまだ見せたくなかった。まだまだ彼は自分の側で踊らせたい。京介は単純だ。少し弱ったように見せれば、あれだけ嫌っていた円堂すらかわいそうと手をのばす。
(あと少しすれば、あいつは俺に惚れるかな。あいつ男なのに、男の俺を、はは)
 鏡の前から去ると、薄暗い部屋にうずくまった。そうして京介の顔を思い出す。愛も知らない無垢な彼、汚すのは容易く、その楽しみは底知れないものだ。

「はやく処女地を踏み荒らしたい…!」

 早く、はやく、ハヤク、落ちてこい。




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