素直になれない円堂さんと悩める京介


 まるでどこかの貴族のように絵師を呼び、私たち二人を描いて欲しいと思った。


「今日何します」
「外出るか?」
「何処へ」
「…やっぱやめよう」

 面倒臭そうに円堂は手をぶらぶらと揺らすと、テレビに夢中になりながらポップコーンを食べる。昨日の映画を録画しておいたが、それを毎週見るのが円堂の日課だ。ここは剣城の部屋、円堂が休日になると必ず、当たり前のように来るものだから、剣城の部屋にすっかり染まった。剣城も最初は自分の空間にいる特別さが嬉しかったが今となってはもう、嬉しくない。
 俺が不機嫌になるから、外出るか、っていうだけで本当は出る気なんてないんだろ。
 少し拗ねた声でそうですか、と剣城は返事すると円堂が汚した雑誌の山を本棚に戻した。

「どっか行きたいとこでもあるのか」
「別に、ないです」
「そっか」

 安心したように言う円堂に、剣城はイラッとしてテレビのCMに映った場所を横目で見ると、一言、思ってもないことを口にする。

「あ、ここに行きたいかも」

 円堂は指を指されたテレビに目を向けると、そこは有名な旅行地、箱根。円堂はポップコーンをくしゃりと、歯で押しつぶした。

「…温泉好きだったっけ?」
「え、ええ、まあ」
「夏未も好きらしい、俺あんますきじゃないんだよな」

 良さがわからない、と愚痴る円堂が憎いこと。剣城もさほど好きではない、むしろお金を払ってまで行く必要はないと思っているが、まさかここで妻の名前を出して来るなんて非常識過ぎないか。
 剣城はただ、いつもとは違う、特別な日常が欲しかっただけなのにこの仕打ちはないだろう。剣城は円堂の空のコップにお茶をくんでやると、ため息をついた。

「じゃあ、いいです。円堂さんなんかずっと部屋にいて廃人になっちゃえばいいと思います」
「やめろよ、監禁なんて」
「そういう意味じゃねーよ」

 円堂の冗談に剣城は反応すれば円堂は面白そうに笑う。人のことをからかうのが好きなのは分かるが、本気で話してる今はやめてほしかった。今日の夕飯を考えようとしたが、たしか円堂は家で食べると言っていたのですぐに考えるのをやめる、やる気がなくなってしまったのかもしれない。

「剣城昨日からなんかピリピリしてるな、もしかして生…」
「はいはい」
「最後まで言わせてくれよ」

 ひでえ恋人だなあ、と呟く円堂に剣城は少しだけ、頬を緩めた。無意識に出る剣城への恋人意識が感じられる発言が、剣城はなにより嬉しい。その表情を読み取った円堂は自分の発言を思い出し、気まずそうに目線をテレビに戻した。少しの無言、剣城は気にしていなかったが円堂には耐えられないものがある。
 しばらくして、ゆっくり剣城を見た。

「するか?」

 剣城は円堂の言葉の意味を一瞬で理解した剣城は顔をそらしてベットへと逃げる。

「しません」
「なんで、そういう雰囲気だった」
「違います、勘違いしないで下さい」
「絶対そうだ!」
「違いますってば!」
「そうなの!」

 ベットへ這い上がり剣城の腕を掴むと、無理矢理引きずり込んだ。土曜の昼から何をしているんだ、と剣城は怒鳴りつけたくなったがだんだん湿っぽくなる円堂の吐息を拒否できなかった。
 グラウンドに響き渡る澄んだ声、勇気をくれる強い眼差し、優しく慰める大きな手。それらが自分の体を這っていくと思うと、優越感に浸ってしまう。目があって深い口付けをすると、円堂が服の中に手を入れた。剣城は答えるようにベルトを外し、口を開くと舌を絡める。だが、いくら優越感に浸れると言ったって彼の一番の人には叶わないのだ。



「また一日潰れました」

 ベットの淵に腰をかけて座る円堂に背を向けて、剣城は拗ねたように言う。休日にどこか行こうと言うのはもはや剣城の口癖でもあったが、行為をした後にも引きずって言ったのは今日が初めてだった。今日は機嫌が悪いのか、円堂は心配しながらも先ほどまで仰け反っていた背中を撫でると、昂ぶる自分に少し笑ってしまう。

「だから、どこか行きたないなら言ってくれればいいだろ。」
「行きたいところは、べつに」
「じゃあなに、あ、マンネリ化だろ」
「ちがっ!」

 円堂のからかった言い草に、剣城は慌てて起き上がると円堂の腕を掴んだ。そうして少し考えたような素振りをみせると、手は離れていきまた布団の中へすっぽり埋まってしまう。その一連が、まるで”マンネリ化”を否定していないように見えて、円堂は口を尖らせた。
 最近あれこれ、気にしてると思ったら、そんなこと感じていたのか。
 まさか自分との付き合いを、言ってしまえば子供の剣城に飽きられてしまうとはプライドが傷付く。
 円堂は剣城を抱く時、負担が掛からないように優しく抱いた。理性がなくなってしまいそうになることは何度かあったが、その度剣城が試合に出て楽しそうにしている姿を思い出し、彼のために手加減をしている。だからこそ、この剣城は許せなかった。
 珈琲を一口飲む、これは精神安定剤に近い。感情を押さえつけながら円堂は剣城の耳を撫でると、口をつけて息を吐いた。

「マンネリとかいうなら、刺激すればいい。手加減なしに無茶苦茶にしてやろうか?」

 こんなこと夏未にも言ったことないぞ。まるで官能小説に出てくる主人公のような言葉を何食わぬ顔で言っておきながら、後々からくる羞恥心と戦う円堂。その言葉に反応した剣城は振り向きながら円堂を睨んだ。

「そういうことを言ってるんじゃありません!」
「うそつけ、どんなのがお望みなんだよ」
「俺は!」

 隣の部屋に聞こえるんじゃないかというくらいの声に、円堂もびっくりする。そうして、剣城は少し抑えた声で続けた。

「円堂さんの一番になりたいと思ってました。でも無理だ、円堂さんの一番はサッカーだしなにより恋愛感情では夏未さんに勝てるわけがない。だから、もう一番は望みません。でも、ただ、もし別れた時、少しでもあなたの記憶に残りたかった。だから、俺と円堂さんの、特別な、忘れられないような楽しい思い出を作りたかったんです。毎日家居たらそんな刺激なくなって、俺のことなんか忘れんじゃないかって」

 図々しくて、ごめんなさい。
 まるで親に謝る子供のように泣きそうな顔をしながら、腰に抱きついてきた剣城を円堂は黙って見ている。円堂は、感情を言葉にするのは得意な方だった。だからいつも言葉を選んだことなどなかったが、今日、この時だけは次になんて言っていいのかわからなかった。
 悪いのは俺だ、とか、曖昧にしてすまない、とか愛しているだとか。どうせ言葉にできない感情溢れ出しているのを無駄に感じて、円堂は情けなく思う。剣城の言うとおり、彼が円堂の中で一番になることはなかった。男の中では一番だが、剣城はこんなことを聞きたいわけではないだろう。分かっている、こんな不毛な恋真似をしていたら剣城を傷つけることになることなんて。
 だが、一つ言っておこう。忘れることは、ない。だって彼はもうすでに円堂の脳の奥に焼きついている。
 それを言うなら、お前だって忘れてしまうんじゃないか。お前はまだ若い、いつか俺に飽きてこんな関係だったことも簡単に忘れるのでは。
 言いそうになる口を思わず閉じた。こんなかっこ悪い姿を見せるくらいなら、この家から抜け出し喧嘩ぎ長引いても頭を冷やした方がマシだ。何も言わなくなった円堂に剣城は不安な眼差しを向けるが、円堂は今だに喋れないでいる。
 何処か、ヨーロッパの方の貴族は写真の代わりに家族や愛する人との自分を絵画で残したことをふと思い出した。ただ漠然と二人いるところを描けなど言わない。そんなもの写真で撮れば簡単に手に入るからだ。そうではなくて、最中、繋がっているところを描いて欲しいと思った。写真では残らない、剣城の美しい汗や表情、シーツのシワ、丁寧に残して欲しい。そして一つ、描き足してほしいものは剣城の羽。きっといつか彼は自分の元から飛び立ってしまう。だからその前に、まだ成長途中の、円堂のものであったと語れる小さな羽を。

 これは立派な独占欲であった。

「忘れないよ、男を抱いた事なんて」

 腰に深く顔を埋めた剣城の顔は、酷く傷ついた顔をしているだろう。だが、かっこ悪くて、「剣城は今までに初めて恋い焦がれた男の子だから忘れない」なんて口が裂けても言えなかった。
 酷い言葉を並べて行く大人、それにいちいち反応する子供。それはとても建前で。

「箱根今度行くか、温泉あんまり浸かりたくないけど」

 自分が発する酷く冷めた言葉たちは相手を傷付けるためのものではなく、いつか捨てられる自分を守るものだという事は、これから一生円堂以外誰も知り得ないことなのだろう。





140322/相互お礼彩月さまへ!




 


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