砂糖吐くくらい甘い円堂監督と剣城くん

 自分は本当に円堂と付き合っているのかと思うことがある。円堂はいつも保護者のような優しさで、そして監督として厳しい。それは特別とは言えない。恋人として特別に接して欲しいなど、とても子供な考えなので言うつもりはないが、彼との付き合いはドライ過ぎた。
 円堂は優しい、だからこそ行動が慎重で、考え方も外れないまま大人のままである。そのため付き合って二ヶ月、その間手も繋いだことはなかった。剣城は思う。その考えが、理性が効かないほど、自分を愛してくれればいいのに、と。今日も剣城はサッカーのボールを追いながらも、横目で彼の背中を追った。
 だが、そんな二人にも恋人らしい決め事がある。毎週火曜日は一緒に帰る、というものだった。
 嬉しいと思う反面、またサッカーの話をして終わるのだと思うと火曜日が憂鬱になる。帰る度、自分は円堂と釣り合わないと現実を突き付けられるようだった。剣城はいつだって自分に自信はない。大好きな、信用している円堂の言葉だというのに、今になれば告白してきたあの真面目な眼差しと言葉を信じられなかった。



「ふう」

 暑苦しいユニフォームを脱ぐと、タオルで体を拭く。ベタベタした感触が気持ち悪くて、お風呂に入りたいと思いながら剣城はTシャツを着た。ズボンも履き替え終わり、ロッカーの扉を閉めるとヌッと天馬が顔を覗かせる。

「…なんだ」
「剣城っ、今から一年皆で遊び行こうって言ってたんだけど、剣城も行くでしょ」

 天馬の笑顔がキラキラと光って剣城は後退りした。剣城は断ろうとカバンを持ちながら天馬を振り返ると、天馬の期待の眼差しは変わらない。剣城は迷わず、口を開いた。

「今日は用事が、」
「えー剣城断るのー!? ノリ悪いよー!」
「いや、だから」
「ほらほら剣城くん、行こうぜー」
「まっ…」
「待ってくれは無しですよ!」
「でも…」
「でもも無しだよ!」

 断ろうとしたが天馬と信介、狩屋や輝にいつもは人の意見を聞いてくれる葵ですら畳み掛けてくる。まるで剣城がいう言葉を分かっているようで、五人は得意げに笑った。剣城は焦りながら逃げ道を探したが、皆が集まる様が小動物のように可愛い。
 言い負かされて背中を押れる剣城は振り返って円堂を見た。円堂は春奈と話していて、剣城は目を逸らす。
 今日もいつもと同じなのだろう。だとしたら、今日くらい帰っても。

「…わかった。」
「「やったー!」」

 剣城の声に喜ぶ顔を見て、剣城も悪い気はしなかった。何かと仲良くしてくれる同級生は剣城にとってかけがえのないものだし、普段は自分が喜ばせて貰っているので付き合ってもいいと思う。これだけ大きな声で話しているから円堂にも言わなくとも聞こえているだろう、と声は掛けない事にした。
 外に出るとまだ明るい。夏という事もあるからか、夕日が出ているだけでこれから日が沈む切なさもなかった。前に歩いている信介たちを眺めていると、一人でいる剣城の隣に天馬がやってくる。

「俺、剣城の事好きだよ」

 いきなりされた告白に剣城が驚いて天馬をみれば、天馬の横顔は妙に大人っぽい。剣城が下唇を噛むと、天馬が困ったような顔をした。

「俺だけじゃない、皆も好きだ。だから、悩んでる剣城見たら皆心配なんだよ、分かる?」

 大きな瞳を見開けば、剣城の手を天馬がゆっくり包む。剣城は俯いているしかかさなかった。えーと、と歯切れの悪い声がして、珍しく天馬は不器用に笑う。

「何に悩んでるか分からないし、俺たちには解決出来ないけど。今日の遊びで剣城が元気出してくれたらなって思ってるんだ。勝手でごめんね?」
「天馬…」

 自分は知らぬ間に友達に気を使わせていたのかと思うと居た堪れなくなった。だからといって円堂と付き合っているという事は言えないが、今日を企画してくれただけで嬉しさで心のもやもやが薄れる。改めてみんなにありがとうと言おうと天馬の手を振り払おうとすると、その手は離れて行った。天馬が自ら離れて行ったのかと思えば、それは違うらしい。天馬は驚いた顔をしながら、自分の手を剣城から外した男を見た。

「円堂監督?」
「あ、いや、あの」

 なんと、天馬の手を振り払ったのは円堂である。天馬が自分がされたことに驚いて名前を呼ぶと、円堂を自らの行動に驚いていたようで顔をそらしながら眉間にしわを寄せた。肩は揺れていて、走って来たことがわかる。
 前の一年たちも止まった剣城たちに気付き、近づいて来ようとした。その瞬間、円堂の目線は剣城に移される。

「あの」
「え?」
「は、そう、春奈が呼んでたんだ! 剣城だけ、ちょっと来てくれ!」
「は? いや、明日じゃ」
「ダメだ、今日! 皆ごめんな! 行くぞ、剣城」

 ポカンとする皆を残し、円堂は剣城の手を引いて歩いて行った。円堂の赤い耳が見えて、剣城もつられて赤くなってしまい顔を下にむけて誤魔化す。呼ばれた理由はなんであれ、円堂が剣城に意見を聞かず引っ張って行ってくれることは無かったので、天馬たちには悪いが少し嬉しかった。
 よそ見していると、そこは部室ではない。校舎の裏、誰も居ないところに来ると円堂はやっと止まった。音無先生は、と剣城がキョロキョロと辺りを見ればいきなり引き寄せられる。そして人の暖かさが感じられて、剣城は固まった。今、剣城は円堂の胸の中にいる。もちろん、円堂から剣城を抱えたので力は強く、それこそ振り払えなかった。そして、ゆっくり抱き締められて剣城はびくりと体を震わせる。

「円堂監督!」
「剣城、二人の時は?」
「…円堂さん、あの、これ」

 今まで聞いたことない強い口調に剣城は怖くなって、黙って従うと円堂が剣城を抱きしめる力が増した。抱き締められているため円堂の顔は見えず薄暗い壁と睨めっこしている剣城はこれからどうしようかと思っていると円堂が何か小さく呟くのが聞こえる。

「え?」
「さっきの、なんで天馬に手を握られてたんだよ!」

 大きな声で叫ばれて、剣城は片目を閉じながら我慢した。なにより力強い円堂が初めてで、扱いが分からない。黙っていると、円堂が剣城の肩を強く持ちながら自分から引き剥がした。そして目を合わせて、眉を釣り上げる。

「今の何だったんだ、って言ってるんだ! 手なんか握られて、お前は無防備過ぎる!」
「いや、天馬は慰めてくれただけです。無防備って、別に天馬は」
「慰め? そんなの俺に慰められれば良かっただろ? しかも相談で手なんか握る必要ないじゃないか」

 円堂の責めるような言い草に、剣城も段々腹が立って来た。第一円堂のせいで剣城は悩んでいて、その為、天馬たちにも迷惑をかけてしまったのである。それなのに慰めてくれた天馬を悪く言うのは筋がなっていないんじゃないか。剣城は円堂のことを睨みながら、毒付いた。

「別に、俺が誰となにしようと円堂さんに関係ないじゃないですか。」
「か、関係ある! しかも今日火曜日だろ、一緒に帰る日なのに、なんで」
「一日くらい、いいじゃないですか。なにか用ある訳じゃないんですし」
「恋人の顔を見たいってだけじゃ、ダメなのか!」

 円堂の言葉で剣城の減らず口はピタリと止まる。真っ赤になって、錆びたロボットのようにゆっくり円堂の方を向くと円堂も必死な顔で剣城に訴えて来た。

「大人だからって我慢して来たが、いつも触りたかったんだ。子供相手に嫉妬なんておかしいって事くらい分かってるよ、だけど、考えられないくらい剣城のこと好きなんだよ」

 円堂が泣きそうな瞳で剣城を見つめてきて剣城も泣きそうになってくる。悲しいからじゃない、嬉しいからだ。自分だけではなく、円堂も考えてくれていて、自分が円堂を想うくらいに想っていてくれていた。そんなこと、一度も口にしてくれなかったので、暖かい気持ちでいっぱいになる。自分の目からボロボロと流れる涙に、円堂がギョッとした顔をした。そして、自分の袖で痛いくらいに涙を拭う。

「わああ、ご、ごめん、気持ち悪かったよな!? だから言わないつもりだったのに、本当ごめん。大人気ないな俺も、剣城のことになると。いや、言い訳だな。…もうこんなこと言わないから泣き止んでくれるか」

 円堂が焦ったのを見て不覚にも可愛いと想ってしまい、少し笑ってしまった。円堂は剣城が笑ったのを見て不思議そうな顔をしているので、剣城は円堂の胸に飛び込む。円堂は固まって戸惑っていたが、剣城は離れるつもりなんてなかった。背中に手を回して、安心する体温に勇気を貰う。

「円堂さん」
「な、なんだ」
「言ってくれたこと嬉しかったです。俺も、円堂さんの恋人なんですから何されても嫌じゃないし、俺に遠慮なんかしないでください、我慢もいらない。」

 そして、剣城は顔をあげて円堂の顔を見た。

「す、きです」

 慣れないことを言ったせいで声は擦れてしまったが、言えた事に満足しながら剣城は円堂の胸に顔を埋める。そして思った。
 自分はこの人が、好きで堪らないんだ、と。
 すりすりと顔を押し付けていると、円堂がプルプルと震えているのが分かる。何かと顔をあげようとすれば、円堂が口を開いた。

「剣城」
「はい」

 返事をして顔をあげると、円堂は満面の笑みで剣城を見る。
 俺はこの、笑顔が。

「俺も大好きだ! 何度だっていう、大好きだ! もう、別れるって言われても絶対別れないからな」
「俺だって別れるつもりないです」
「〜っ、ああもう、可愛いなあっ!」

 剣城が不貞腐れたようにいうと、円堂は嬉しそうに顔を歪めた。剣城はそんな円堂を見て、また可愛いと思う。そんなことを思われてなんて思わず、円堂は周りを見渡した。

「もう暗くなるな。危ないし、じゃあ、帰るか。」
「はい」
「…剣城」
「はい?」
「手を繋いで、いいですか」

 いきなり何を言い出したかと思えば円堂が控えめに敬語で言ったのがらしくなく、笑ってしまう。
 剣城は手を出して、円堂を見た。

「はい。」

 ああ、もう今から火曜日が、恋しい



130124/大好きなユキハル様ハッピーバースデイ!







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